会社を売却した、あるいは上場した。手元には、長く一点に賭けてきた成果が、株式という形で積み上がっている。その一部を社会に還したいと考えたとき、多くの人はまず「売って、現金を寄付する」と思い描く。だが、米国の創業者がよく使う道は違う。彼らは株式を売らずに、そのまま寄付する。日本でこれができるのか——これは「創業者の出口×寄付」を考えるうえで、避けて通れない論点である。

出口と寄付が重なる瞬間

創業者の資産は、出口を迎えるまで、ほとんどが自社株という凍った形をしている。売却・上場は、この含み益を一気に現実化させる。同時に、「これだけの富を、何に向けるのか」という問いが立ち上がる。別稿で論じたとおり、財団やフィランソロピーへの関心がもっとも高まるのが、まさにこの時期である。だからこそ、出口の設計と寄付の設計は、本来は同時に考えるべきものだ。

米国の王道——値上がり株をそのまま贈る

米国では、1年超保有した値上がり資産(典型的には株式)を、売却せずに公益団体やドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)へ現物のまま寄付する手法が一般的である。こうすると、本来売却時にかかるはずだったキャピタルゲイン課税を回避しつつ、時価を基準に寄付の控除を受けられる。創業者にとっては、含み益の大きい自社株ほど効果が大きく、出口戦略とフィランソロピーが一本につながる。日本版DAF「DAFあらた」の稿で触れた「現物株の柔軟性」とは、まさにこのことである。

日本の壁——「みなし譲渡課税」

ところが日本では、ここに独特の壁がある。個人が土地・建物・株式などの財産を法人に寄付すると、その財産は寄付時の時価で譲渡があったものと「みなされ」、含み益に所得税(譲渡所得課税)がかかる(所得税法59条)。これがみなし譲渡課税である。

厄介なのは、税の構造である。寄付した本人は現金を一円も受け取っていないのに、「時価で売ったとみなす」ことで、過去の含み益に対する税負担だけが生じる。善意で株を贈ったのに、納税のための現金を別途用意しなければならない——この逆説が、日本で現物株寄付が広がらなかった大きな理由のひとつである。

突破口——租税特別措置法40条の非課税特例

この壁には、例外が用意されている。寄付先が公益法人等であり、その寄付が「教育・科学の振興、文化の向上、社会福祉への貢献その他の公益の増進に著しく寄与する」など一定の要件を満たすものとして国税庁長官の承認を受けたときは、上記のみなし譲渡所得が非課税となる(租税特別措置法40条)。つまり、所定の手続を踏めば、日本でも「株式を売らずに、含み益に課税されずに贈る」道が開ける。

手続の要点も押さえておきたい。非課税承認には、所轄税務署への承認申請書の提出が必要で、提出期限は原則として寄付の日から4ヶ月以内(またはその年分の確定申告期限のいずれか早い日)とされる。さらに株式については、申請から3ヶ月以内に不承認の決定がなければ承認があったものとみなす「承認特例」も整備されてきた。制度は、株式寄付を使いやすくする方向で改正が重ねられている。

上場株と、創業者の「非上場株」

もっとも、創業者の自社株は、出口前は非上場株であることが多い。非上場株の現物寄付は、評価の難しさや、寄付後も財産が公益目的に使われ続けることなどの継続的な要件が絡み、上場株より検討すべき論点が増える。承認は「出して終わり」ではなく、寄付された株式やそこから生じる配当が、長期にわたり公益目的に充てられることが前提になる。したがって、受け入れる公益法人の側にも、その株式を適切に管理・活用できる体制が求められる。安易に進められる話ではなく、設計が要る領域である。

実務で押さえるべきこと

第一に、出口の前から設計を始める。売却・上場のスキームが固まってから寄付を考えるのでは遅いことが多い。第二に、承認を前提に動く。措置法40条の非課税は自動ではなく、要件充足と申請・承認のプロセスがある。第三に、受け入れ先と早期に対話する。株式を受け入れ、継続要件を満たせる公益法人(自前の財団か、既存の公益法人か)を見極める。第四に、専門家を最初から入れる。評価・申請・税務は税理士、登記は司法書士の領域であり、本稿はあくまで制度の地図にすぎない。

編集部の視点——出口に寄付を組み込む

日本版DAF「DAFあらた」は現時点で現金(500万円〜)が入口の基本で、米国型のような現物株のスキームには踏み込んでいない。つまり、創業者が自社株をそのまま社会へ向ける道は、いまのところ措置法40条+公益法人という、やや手数のかかる経路に限られる。逆に言えば、ここは制度の余白であり、解説と実務知の空白でもある。「出口で、株式をどう社会的資産に転換するか」を設計できることは、スタートアップ創業者を読者に持つ本サイトにとって、そのまま当事者に届く論点である。出口は、現金化して終わりにする一度きりのイベントではない。意志を長く効かせるための、設計の入口にもなりうる。

出典・参照

本記事は2026年6月時点の制度の一般的な整理であり、税務上の個別助言を行うものではない。みなし譲渡課税・措置法40条の適用要件や承認の可否は個別事情により異なり、改正もあり得る。実行にあたっては必ず税理士・所轄税務署および専門家に確認されたい。当方は税理士・金融商品仲介業者ではなく、投資助言・税務代理は行わない。