人生の終わりに残る財産を、誰に、何のために手渡すか。多くは家族へ相続される。だが近年、家族とは別に、あるいは家族に加えて、財産の一部を社会へ贈る人が静かに増えている。遺言によって社会へ財産を贈る——遺贈寄付である。少子化と単身世帯の増加、そして「自分の生きた証を社会に残したい」という思いが、この選択を後押ししている。遺贈という、最後の意志の器の現在地を整理したい。
遺贈とは——相続人以外にも渡せる
遺贈とは、遺言によって、財産の全部または一部を、無償で人や団体に贈ることをいう。相続が法律で定められた相続人へ財産が承継される仕組みであるのに対し、遺贈は遺言者本人の意思で受け取り手を指定できる。だから、相続人ではないNPOや財団、大学、母校、応援したい団体にも財産を手渡せる。「血縁ではなく、志の縁で財産を渡す」ことを可能にするのが、遺贈の本質である。
混同されやすいのが、「相続財産からの寄付」との違いだ。遺贈は遺言者本人が遺言で行うもの。一方、相続財産の寄付は、相続人が財産を相続したうえで、その相続人の意思で寄付するものである。誰の意思で、いつ渡すのか——この違いは、後述する税の扱いにも関わってくる。
包括遺贈と、特定遺贈
遺贈には大きく二つの形がある。包括遺贈は、「財産の3分の1を」というように割合で指定する方法で、受け取る側はプラスの財産だけでなく債務も引き継ぐ可能性がある。特定遺贈は、「この預金を」「あの不動産を」と特定の財産を指定する方法だ。社会への遺贈寄付では、団体側の負担や手続きを考え、特定遺贈、とりわけ現預金による遺贈が選ばれることが多い。受け入れる団体にとっても、扱いやすい形だからである。
税の論点——含み益のある資産に注意
遺贈寄付には、知っておくべき税の論点がある。まず、国や地方公共団体、公益法人など一定の先への遺贈は、その財産が相続税の課税対象から外れる場合がある。社会貢献を税制が後押しする設計だ。
ただし、注意すべき落とし穴がある。不動産や有価証券など、値上がり益(含み益)のある資産をそのまま遺贈すると、「みなし譲渡所得課税」が問題になりうる。寄付したのに、その含み益に対して課税される可能性があるのだ。公益法人などへの遺贈には一定要件で非課税となる特例も用意されているが、要件は細かく、適用には事前の手続きや承認が関わることもある。ここは制度のなかでも特に専門的で、判断を誤ると遺族に思わぬ負担を残しかねない。含み益のある資産を遺贈するなら、税理士など専門家への事前相談は必須と考えてよい。本記事はあくまで論点の地図であり、個別の判断に代わるものではない。
実務の壁——遺言書と、受け入れ先
遺贈寄付を実現するには、いくつかの実務の壁を越える必要がある。第一に遺言書。遺贈は遺言によって初めて効力を持つため、有効な遺言書——とりわけ紛争を避けやすい公正証書遺言——の作成が出発点になる。第二に遺言執行者の指定。遺言の内容を実際に実現する役割で、これを決めておくと手続きが円滑になる。
第三に、見落とされがちだが重要なのが受け入れ先の意向だ。すべての団体がすべての財産を受け取れるわけではない。とりわけ不動産は、管理や売却の負担から受け入れを断られることもある。「贈りたい」と「受け取れる」は別の話で、事前に団体へ確認しておく必要がある。そして最後に、最も人間的な壁——家族との対話である。遺留分への配慮を含め、遺された人々が納得できるよう、意思を生前に伝えておくことが、争いを避ける最大の備えになる。
広がる現在地
かつて遺贈寄付は、一部の篤志家のものという印象が強かった。だが今は、クラウドファンディング由来のプラットフォームが遺贈相談の窓口を設け、信託銀行や弁護士・税理士が遺贈をサポートし、多くのNPOや大学が「遺贈寄付の受け入れ窓口」を整えるなど、裾野が確実に広がっている。相続を「家族の中で完結するもの」から「社会へ少し開くもの」へ——その意識の変化が、静かに進んでいる。
遺贈は、人生で最後に行う「意味の設計」である。誰に、何のために財産を託すのか。それは、自分がどんな社会を願い、何を大切に生きたかの、最終的な表明にほかならない。具体的な進め方——遺言の作成、受け入れ先の選定、税の最適化、家族との合意形成——を考えるなら、遺贈寄付の伴走支援でご一緒できる。早すぎる準備というものはない。
- 国税庁 No.4141 相続財産を公益法人などに寄附したとき ↗
- 国税庁 No.3108 公益目的事業を行う法人に財産を寄附した場合 ↗
- 全国レガシーギフト協会(いぞう寄付の窓口) ↗
- 動物福祉への寄付——殺処分ゼロと、その先の設計——関連論考。
- 芸術文化への寄付——アーツカウンシルと「アームズ・レングス」の思想——関連論考。
- 公益信託の再設計——財団をつくらずに「基金」を遺す方法——関連論考。
出典・参照
- 民法(遺贈・遺言・遺留分)/相続税法・租税特別措置法(公益法人等への遺贈に関する非課税特例)に関する一般的な情報
- 遺贈寄付の受け入れに関する各団体・プラットフォームの一般的な情報
- 関連:遺贈寄付という選択(サービス)/一般財団と公益財団/冠基金という選択肢
本記事は2026年6月時点の一般的な情報整理であり、特定のスキームや団体を推奨・勧誘するものではない。遺贈・相続・贈与の税務および法務は個別事情により大きく異なり、制度も改正されうる。とりわけ含み益のある資産の遺贈やみなし譲渡所得課税の取扱いは複雑であり、遺言の作成や税の判断は、弁護士・税理士・司法書士など各分野の専門家に必ず確認されたい。philanthropist.jpは法務・税務の代理を行わず、提携専門家と協働する。