財団や信託が生まれるずっと前から、市井の商人や実業家たちは、机を並べて昼食をともにし、地域のために少しずつ手を動かしてきた。ロータリークラブとライオンズクラブ——二つの奉仕クラブは、二十世紀初頭のシカゴという一つの都市で相次いで生まれ、やがて世界百数十カ国に広がる巨大なフィランソロピーの装置へと育った。その歩みは、寄付を「制度」として語る現代の議論に、もう一つの系譜——顔の見える相互扶助と地域奉仕の系譜——を思い出させる。

この記事の要点
起源
ロータリーは1905年シカゴで弁護士ポール・ハリスが、ライオンズは1917年に実業家メルヴィン・ジョーンズが創設した。ともに「奉仕」を核に置く。
理念
ロータリーは「Service Above Self(超我の奉仕)」、ライオンズは「We Serve(われわれは奉仕する)」を掲げる。
ポリオ根絶
ロータリーは1985年に「ポリオプラス」を開始し、これまでに26億ドル超を拠出。1988年には野生株ポリオが年35万件あった。
日本
日本初は1920年設立の東京ロータリークラブ。米山梅吉らが創設し、国際ロータリーで855番目に認証された。
現在地
両組織とも会員高齢化と減少が課題。日本のロータリーは往時の約13万人から約5万人へと縮んだ。

シカゴの一室から——二つの起源

ロータリークラブの始まりは、1905年2月23日、シカゴの弁護士ポール・P・ハリスが、鉱山技師のガスタバス・ローア、石炭商のシルベスター・シーレ、仕立屋のハイラム・ショーレイという三人の知人を、ローアの事務所に招いた小さな会合にさかのぼる。異なる職業の人間が定期的に集い、友情を育み、地域に何かを返す——それがハリスの構想だった。「ロータリー(回転)」という名は、初期に会合場所を会員の事務所で持ち回りにしていたことに由来する。1910年に全米ロータリークラブ連合会が最初の大会を開いたとき、クラブは16を数え、1922年には「国際ロータリー(Rotary International)」の名を採用した。

それから十二年後の1917年6月7日、同じシカゴで、実業家メルヴィン・ジョーンズが「国際ライオンズクラブ協会(The Association of Lions Clubs)」を立ち上げた。当時38歳のジョーンズは、地元の実業家クラブの仲間に対し、ビジネスの利害を超えて地域と世界の改善に取り組むべきだと説いた。同年、テキサス州ダラスで開かれた最初の大会で、ジョーンズは幹事兼会計に選ばれ、その職を長く務めることになる。彼が残した「他人のために何かを始めるまで、人はそう遠くへは行けない」という言葉は、ライオンズの精神を端的に示している。

「超我の奉仕」と「われわれは奉仕する」

両クラブの理念は、標語に凝縮されている。ロータリーは、1911年の大会で用いられた「奉仕、されど自己ならず(He Profits Most Who Serves Best/Service, Not Self)」という言い回しを源として、のちに「Service Above Self(超我の奉仕)」を第一の標語とした。自らの利益に先んじて、他者と社会に尽くす——利己を離れた奉仕の思想である。一方ライオンズは、簡潔に「We Serve(われわれは奉仕する)」を掲げる。

ここで見落としてはならないのは、これらのクラブが単なる慈善団体ではなく、職業人・経営者の相互扶助のネットワークとして設計されたという点だ。異業種の会員が定例会で顔を合わせ、信頼を積み重ねる。その信頼が、地域清掃から災害支援、奨学金、医療支援まで、多様な奉仕活動の実行力を支える。フィランソロピーが「金銭の移転」だけでなく「時間と関係性の投下」でもあることを、奉仕クラブは百年以上にわたって体現してきた。

ポリオという世界史的事業

奉仕クラブのフィランソロピーを語るうえで、ロータリー財団によるポリオ(急性灰白髄炎)根絶事業は避けて通れない。ロータリーは1985年、ポリオ根絶をめざす「ポリオプラス(PolioPlus)」を立ち上げた。募金開始からわずか3年で、当初目標を大きく上回る2億4700万ドルを集めたと記録される。1988年には世界保健機関(WHO)、国連児童基金(ユニセフ)、米国疾病対策センター(CDC)とともに「世界ポリオ根絶推進計画(GPEI)」を発足させた。この計画が始まったとき、ポリオは世界で年間およそ35万件発生していた。

以来、ロータリーがポリオ根絶のために拠出した額は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団による上乗せ分を含めて26億ドルを超える。数百万人のロータリアンがワクチン接種の現場に立ち、資金を出し、政府に働きかけてきた。野生株ポリオの発生地は、いまや世界でごくわずかにまで縮小した。一つの民間奉仕団体が、国際機関や各国政府を巻き込みながら、特定の感染症をほぼ地上から消し去ろうとしている——この事実は、市民の善意が積み上がったときの射程の広さを物語る。

会員制という装置

ロータリーもライオンズも、会員制の組織である。入会には既存会員の推薦を要し、定例会への出席、会費の負担、そして奉仕活動への参加が期待される。この「敷居」は、しばしば閉鎖性として批判される一方で、継続的な関与と資金の安定供給を生む仕組みでもあった。財団のように専門スタッフが差配する組織とは異なり、奉仕クラブでは会員一人ひとりが企画者であり実行者であり資金提供者でもある。

現在、ロータリーは世界でおよそ120万人の会員と45,000を超えるクラブを擁し、ライオンズはおよそ140万人の会員と49,000のクラブを持ち、直近の年次で世界の4億人以上に奉仕したと報告している。国境を越えたこの規模は、地道な会員制のネットワークが積み上げた成果にほかならない。

日本の百年——東京から地方へ

日本におけるロータリーの歴史は、1920年(大正9年)にさかのぼる。当時三井銀行の重役であった米山梅吉らが、東京に日本初のロータリークラブを創設した。きっかけは、1918年に経済使節団の一員として訪米した米山が、ダラス・ロータリークラブに在籍していた福島喜三次と出会い、利己を離れた奉仕の精神に強く共鳴したことにあった。東京ロータリークラブは1920年10月20日に設立総会を開き、翌1921年4月1日、国際ロータリーで855番目のクラブとして認証を受けた。初代会長は米山、幹事は福島が務めた。

その後、ロータリーもライオンズも日本各地に広がり、地域の名士・経営者が集う場として、また奨学金や国際交流、地域支援の担い手として根を張った。ロータリーの創設者の一人・米山梅吉の名を冠した「ロータリー米山記念奨学事業」は、外国人留学生を支援する日本独自の取り組みとして知られる。奉仕クラブは、日本の民間フィランソロピーの一角を、静かに、しかし確かに支えてきた。

高齢化という現在地

もっとも、その足元はいま揺らいでいる。日本のロータリーは、往時のピークにはおよそ13万人の会員を数えたが、近年は約5万人へと減少した。会員数は2005年6月末の約10万700人から、2010年6月には約8万9400人へと、この5年間で1割以上減っている。ライオンズも同様に会員の高齢化と減少に直面している。

減少の背景として、日本のロータリーでは「3K」——高齢化・高コスト化(会費や活動費の負担)・クラブ運営の硬直化——がしばしば指摘される。人口減少が進む地方では、新規会員の獲得がとりわけ難しい。国際ロータリーは2025年の規定審議会で、クラブ加盟に必要な会員数を減らす立法案を承認するなど、時代への適応を模索している。名門的な閉鎖性と、開かれた包摂性——そのあいだで、奉仕クラブは自らの形をつくり直そうとしている。

経営者にとっての奉仕クラブ

富裕層や経営者にとって、奉仕クラブが持つ意味は一義的ではない。それは第一に、金銭だけでは代えがたい「関与」の入口である。財団への寄付や助成が「資本の投下」だとすれば、奉仕クラブは「時間と身体の投下」を求める。地域の課題に自らの手で触れる経験は、寄付戦略を机上の配分から現実の手触りへと引き戻す。

第二に、それは信頼と評判の基盤でもある。異業種の経営者が長く顔を合わせる場は、事業上のネットワークであると同時に、地域社会における自らの立ち位置を定める場でもある。ただし、その「相互扶助」が内輪の利益に閉じるとき、奉仕は形骸化する。ロータリーとライオンズが百年をかけて示してきたのは、奉仕が本物であるためには、常に外へ——地域へ、そして世界のポリオ根絶のような具体的な事業へ——開かれていなければならない、という一点だった。市民の善意は、机を並べる小さな会合から始まり、制度と組織を経て、やがて世界史的な射程を持ちうる。奉仕クラブの系譜は、そのことを静かに証している。

出典・参照

  • Rotary International「History of Rotary」「Rotary polio eradication efforts」「General Secretary Report」rotary.org(2024〜2026年閲覧)
  • Lions Clubs International「Melvin Jones Biography」「Our History / Interactive Timeline」「Our Global Impact」lionsclubs.org(2024〜2025年閲覧)
  • Wikipedia「Rotary International」「Lions Clubs International」「ロータリークラブ」(2026年閲覧)
  • 東京ロータリークラブ「東京ロータリークラブの誕生 1920年10月」tokyo-rc.gr.jp
  • ロータリーボイス「日本のロータリー100周年」「会員増強・維持はロータリーの最優先課題」rotaryblogja.org
  • Rotary International(日本語)「2025年規定審議会:人頭分担金の増額とクラブ加盟の必要会員数を減らす立法案を承認」rotary.org
  • タウンニュース「奉仕団体 コロナ3年で明暗」(2023年)ほか会員数関連報道

本稿は公開情報にもとづく解説であり、特定のクラブへの入会を勧誘・推奨するものではありません。会員数・拠出額等の数値は出典公表時点のもので、最新値と異なる場合があります。正確を期していますが、詳細は各組織の公式発表をご確認ください。