財団は永遠に続くべきものだろうか。20世紀初頭、米国最大の通信販売企業シアーズ・ローバックを率いたジュリアス・ローゼンウォルド(1862–1932)は、それに明確な「否」を突きつけた。彼は南部の黒人教育のために巨額を投じながら、その基金を永続させることを拒み、自らの死後一世代のうちに使い切るよう設計した。永続を前提とする現代の財団観からみれば異端にも映るこの発想は、いまやビル・ゲイツをはじめとする巨大財団が採用する「スピンダウン(使い切り型)」の直接の源流として、静かに再評価されている。

この記事の要点
人物
ジュリアス・ローゼンウォルド。シアーズ・ローバックの社長・共同所有者にして、20世紀前半を代表する篤志家(1862年生—1932年没)。
事業
1917年から1932年にかけ、南部15州に約5,000校(校舎・実習棟・教員住宅を含め5,357件)を建設し、70万人超の黒人児童を支えた。
手法
費用の一部(おおむね半分以下)のみを拠出し、地域社会と学区の資金・労働・土地の拠出を条件とする「マッチング方式」。
思想
永続基金による「死者の手(dead hand)」の支配を退け、「次世代は自らの必要を自ら満たしうる」として、一世代での使い切りを主張。
影響
1948年に予定通り解散。この「スピンダウン」思想は、2045年までの解散を掲げるゲイツ財団など現代の使い切り型財団に受け継がれている。

行商人の子から、シアーズを率いる経営者へ

ジュリアス・ローゼンウォルドは1862年8月12日、イリノイ州スプリングフィールドで、ドイツから移民したユダヤ系の家庭に生まれた。衣料の仕入れと販売で経験を積んだのち、1895年に通信販売会社シアーズ・ローバックに資本参加する。都市から遠く離れた農村の人々にまでカタログ一冊で商品を届けるこの企業は、20世紀初頭のアメリカ流通を象徴する存在へと成長した。ローゼンウォルドは組織と物流を磨き上げ、やがて社長、そして共同所有者としてその発展を主導する。

富を築いたローゼンウォルドは、当時の大富豪の多くと同じく、アンドリュー・カーネギーが説いた「富の福音」——富める者は社会に富を還元する責務を負うという思想——に強く共鳴していた。だが彼の関心が最終的に向かったのは、当時のアメリカで最も深刻に放置されていた課題、すなわち人種隔離下の南部における黒人の教育であった。

ブッカー・T・ワシントンとの出会い

転機は1912年に訪れる。ローゼンウォルドは、黒人教育の指導者ブッカー・T・ワシントンが率いるタスキーギ学院の理事に就任した(この職を1932年に没するまで務める)。ワシントンは、自助と職業教育を重んじる立場から、南部農村に黒人児童のための学校がほとんど存在しない現実に取り組んでいた。彼はローゼンウォルドに、タスキーギ周辺の農村に試験的に数校を建てる計画を持ちかける。

この小さな実験——手元に残った資金でまず数校を建てるという試み——が、後に南部全域を覆う一大事業の出発点となった。ワシントンは1915年に世を去るが、二人が組み上げた枠組みはその後も生き続け、事業は加速していく。ここで生まれた設計思想こそ、ローゼンウォルドの寄付を単なる施しではなく、地域を巻き込む仕組みへと変えたものだった。

「マッチング方式」——渡し切らない寄付の設計

ローゼンウォルドの学校建設は、費用の全額を肩代わりするものではなかった。彼が拠出したのは総費用のおおむね半分以下にとどまり、残りは地域の黒人社会と、白人が握る学区当局の双方が負担することを条件とした。黒人の家族は現金だけでなく、しばしば土地を提供し、木材を伐り出し、大工として自ら建設に加わった。記録では、黒人社会が建設のために拠出した資金は総額470万ドルを超え、それに土地と労働が加わったとされる。

この設計には二つの狙いがあった。ひとつは、限られた資金を最大限に広げること。もうひとつは、地域に当事者としての責任と誇りを根づかせることである。学区に公費の支出を求めることで、隔離下でも黒人の学校を公教育の一部として位置づけさせる——それは資金調達の技法であると同時に、政治的な楔でもあった。渡し切らないことによって、寄付はより深く根を張った。

南部を覆った5,000校

1917年、ローゼンウォルドはこの事業を制度化するためにジュリアス・ローゼンウォルド基金を設立する。1917年から1932年にかけて、南部15州に校舎・実習棟・教員住宅を合わせて5,357件が建設された。うち学校はおよそ5,000校にのぼり、40年余りにわたり70万人を超える黒人児童を受け入れたと推計される。1928年には、南部農村の黒人児童と教員のおよそ三分の一が、ローゼンウォルド・スクールで学び、教えていた。

これらは華美な建物ではない。教員一人から三人ほどの、簡素な木造の平屋が大半であった。だが自然光を採り入れる大きな窓の配置など、当時としては合理的な標準設計が用意され、地域ごとの状況に応じて建てられた。作家マヤ・アンジェロウや公民権運動を担った多くの指導者が、こうした学校で最初の学びを得ている。基金はまた、マリアン・アンダーソン、ラングストン・ヒューズ、W・E・B・デュボイスら約1,000人の黒人芸術家・研究者に奨学金を提供し、後のハーレム・ルネサンスと公民権運動の人的基盤を静かに支えた。

「死者の手」を拒む——使い切る財団という思想

ローゼンウォルドの最も独創的な遺産は、建てた学校の数ではなく、財団そのものの設計思想にあるのかもしれない。彼は基金を永遠に存続させることを明確に拒んだ。理事会に宛てて、自分は「基金を永続させることに賛同しない」と記し、次のように述べている。「長い期間にわたって巨額の資金を蓄えておくよりも、理事たちが建設的な仕事の機会を見いだすたびに資金を投じるほうが、より多くの善をなしうる」。

彼が警戒したのは、永続を前提とする組織が陥りがちな官僚化と、仕事への形式的・惰性的な態度であった。そして「来たる世代は、自らの必要を自ら満たすものと信頼してよい」と言い切る。過去の富者が定めた目的に未来を縛りつける——後に「死者の手(dead hand)」と呼ばれる永続基金の弊害を、彼は同時代において見抜いていた。基金は彼の死後25年以内に全資産を使い切るよう設計され、実際に1948年、予定通り解散した。生涯を通じ、基金は公立学校、大学、黒人諸機関、ユダヤ系慈善などに総額7,000万ドル超を投じ、その使命を終えたのである。

現代のスピンダウンへ——ゲイツ財団という後継

永続を当然とする財団観が主流となって久しい今日、ローゼンウォルドの発想はむしろ新しく響く。「使い切り型(スピンダウン)」——設定した期限までに全資産を投じて解散するという選択は、21世紀に入って再び注目を集めている。アトランティック・フィランソロピーズが体現した「生きているうちに与える(Giving While Living)」の倫理も、その系譜に連なる。

その最も大きな実例が、ビル&メリンダ・ゲイツ財団である。同財団は当初、憲章上ゲイツの死後20年で解散すると定めていたが、2025年5月、設立25周年にあわせて方針を刷新した。今後20年で約2,000億ドルを投じ、2045年までに財団を閉じると宣言したのである。ゲイツ自身、各世代がその時代の課題に責任を負うべきだという考えを繰り返し語ってきた。カーネギーの「富の福音」を出発点としながら、永続ではなく集中と期限を選ぶ——その姿勢は、一世紀前にローゼンウォルドが到達した結論と重なり合う。

富をいかに手放すかは、いかに築くかと同じだけの設計を要する。渡し切らずに地域の当事者性を引き出したマッチングの知恵と、未来を縛らずに自らの世代で使い切る覚悟。ローゼンウォルドが残したこの二つの原理は、財団の永続が自明でなくなった現代の富裕層フィランソロピーにこそ、静かな問いを投げかけている。

出典・参照

  • Wikipedia「Julius Rosenwald」「Rosenwald School」「Rosenwald Fund」(生没年・学校数・基金の設立と解散年)
  • Encyclopædia Britannica「Julius Rosenwald」「Rosenwald schools」(シアーズでの経歴、1917年の基金設立、15州・約5,000校、奨学金受給者)
  • Duke University, Center for Strategic Philanthropy and Civil Society「Julius Rosenwald Fund (1917–1948)」(スピンダウン設計と解散)
  • Inside Philanthropy「The Godfather of Spend-down: What Donors Can Learn From Julius Rosenwald」(永続基金への批判と「死者の手」)
  • National Trust for Historic Preservation / National Park Service(5,357件の建設、70万人超の児童、1928年の三分の一という推計、マッチング方式と地域拠出額)
  • Britannica Money、Philanthropy Roundtable「Julius Rosenwald」(1912年のタスキーギ理事就任、ブッカー・T・ワシントンとの協働)
  • Gates Foundation「25th anniversary announcement」(2025年5月)、Philanthropy News Digest「Gates Foundation pledges to spend down $200 billion by 2045」(2,000億ドル・2045年解散)

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