前回、ある寄付が「現金の何倍」効果的か、という独特の物差しを紹介した。だが当然、こう問いたくなる——その倍率は、いったいどうやって計算されるのか。今回は、その中身を開ける。結論を先に言えば、費用対効果の推計とは、異なる種類の「良いこと」を、無理を承知でひとつの物差しに載せる作業である。そしてその作業の核心には、避けて通れない一つの難問が横たわっている。
何を「成果」とみなすか
まず、寄付が生む成果は一様ではない。蚊帳を配れば、防げたはずの死が防がれる——救われた命、延びた寿命。現金を渡せば、その人の暮らしが楽になる——増えた所得、改善した生活。教育を支えれば、将来の選択肢が広がる。これらはどれも「良いこと」だが、単位が違う。命と所得とは、そのままでは足し算も比較もできない。費用対効果を出すには、この異なる成果を共通の尺度に翻訳する必要がある。
共通の物差し——QALY/DALY
医療・公衆衛生の分野では、この翻訳のために古くから工夫が重ねられてきた。代表的なのがQALY(質調整生存年)やDALY(障害調整生存年)という考え方である。ざっくり言えば、「健康に生きられた年数」を一つの単位とし、命を救うこと(年数を足す)と病気や障害を減らすこと(年の質を上げる)を、同じ土俵で測ろうとする。完全な健康で生きる1年を基準に、病や障害があればその年を割り引いて数える。乱暴に聞こえるかもしれないが、限られた資源をどこへ向けるかを考えるとき、何らかの共通単位がなければ比較は始まらない。
避けられない難問——モラルウェイト
しかし、医療の中だけなら健康の年数で済んでも、フィランソロピーはもっと広い。「死を防ぐこと」と「貧しい人の所得を倍にすること」を比べなければならない場面が出てくる。ここで登場するのがモラルウェイト(道徳的重みづけ)である。これは、性質の異なる成果——たとえば「ひとつの死を防ぐ価値」と「ある世帯の消費を一定額増やす価値」——に、それぞれ数値の重みを与えて比較可能にする仕組みだ。
言うまでもなく、これは重い。人の生や苦しみに数字を割り当てる行為には、強い違和感が伴う。誰の価値観で、その重みを決めるのか。先進国の専門家が机上で決めた重みは、実際に支援を受ける人々の感覚とずれていないか。この問いに正解はない。だが——ここが肝心なのだが——重みを明示しないということは、重みを付けていないことではない。「どちらも大切だ」と言って判断を避けても、限られた資金をどう配るかという行為自体が、結果として暗黙の重みづけになっている。モラルウェイトは、その避けがたい重みづけを、隠さずテーブルに載せる試みである。
効果的な寄付の答え方——前提を開く
では、この難問に、効果的な寄付の実践者はどう向き合っているのか。前回も触れたGiveWellのやり方が、一つの誠実なモデルを示している。第一に、重みの根拠を公開する。どの成果にどんな重みを置いたかを、推計のすべての前提とともに開示する。第二に、当事者の声を入れる。重みづけにあたり、実際に支援が届く人々に近い属性の人々への調査結果を取り入れ、専門家だけの価値観に閉じないようにする。第三に、読者が自分で重みを変えられるようにする。利用者が自身の価値観を入力すると結論がどう動くかを試せる道具を用意し、「私たちの数字を信じろ」ではなく「あなたの重みで考えてほしい」と差し出す。
不確実性を、抱えたまま決める
もう一つ大切なのは、これらの推計が一点の確定値ではないということだ。費用対効果の数字は、多くの仮定の上に積み上がった見積もりであり、幅をもって理解すべきものである。良い実践は、点推定だけを掲げず、「ここを別の仮定にすると結論がどう変わるか」という感度分析を添える。数字が一桁違えば優先順位は動くが、二倍三倍の差なら結論は揺るがない、といった頑健さを確かめる。精密に見える小数点ではなく、桁の大小こそが意思決定を導く。これは、確かめられないことは書かないという本サイトの姿勢とも通じる。
日本に当てると、どうなるか
では、この枠組みを日本の寄付に当てるとどうなるか。正直に言えば、日本では、各分野の費用対効果を推計するための足元のデータが、英語圏ほど揃っていない。だからこそ、いきなり精密な倍率を出すのではなく、まずは考え方の枠組みを輸入し、手元のデータで粗く当ててみるところから始めるのが現実的だ。子どもの貧困への支援、医療研究、環境——テーマ別ブリーフで地図を描いた各領域に、「この支援は、何を、どれだけ変えるのか」という問いを一つずつ当てていく。完璧な数字は出ない。だが、問いを立てるだけでも、寄付の解像度は確実に上がる。
結び——数字は、問いを鋭くする道具
費用対効果の計算は、冷たく見える。人の生を数えるなど、と。だが、その作業がほんとうに突きつけてくるのは、冷たさではなく、誠実さの要求である。私たちは限られた資源で、誰かの困難に向き合う。すべては救えない。だからどこへ向けるかを選ぶ。その選択を、感情の勢いや声の大きさにではなく、確かめられた事実と、開かれた価値観の上に置こうとすること——それが、この物差しの本当の意味である。数字は答えではない。だが、問いを、逃げられないほど鋭くしてくれる。次回は、この物差しを実際に日本の一分野へ当て、どこまで言えてどこから言えないのかを、具体的に試してみたい。
- GiveWell(費用対効果で寄付先を評価) ↗
- Effective Altruism(効果的利他主義) ↗
- 「効果的な寄付」を日本語で①——費用対効果という考え方——関連論考。
- 「効果的な寄付」を日本語で③——子どもの貧困に、物差しを当ててみる——関連論考。
- 高齢化社会と寄付——シニアマネーはどこへ向かうか——関連論考。
出典・参照
- GiveWell|Moral Weights(成果の重みづけと利用者向けツール、当事者調査の反映)
- QALY(質調整生存年)・DALY(障害調整生存年)は保健医療評価で広く用いられる概念(WHO等)
- 連載第1回:「効果的な寄付」を日本語で①——費用対効果という考え方
本記事は一般的な情報提供・思想紹介を目的とし、特定の団体・寄付行為を推奨・勧誘するものではない。費用対効果やモラルウェイトの推計には多くの仮定が含まれ、手法には諸説がある。海外事例の紹介であり、日本の制度・データとは前提が異なる。