アメリカの大学は、しばしば「寄付で建てられた国」と呼ばれる。ハーバード大学が運用する基金は2024年6月末で532億ドル、日本円にしておよそ8兆円にのぼる。一方、日本を代表する東京大学基金の年間入金額は120億円(2024年度)、慶應義塾の奨学金基金は国内最大規模とされる240億円である。桁が、二つも三つも違う。この差はどこから来るのか。10兆円規模の大学ファンドという国家的な仕掛けは、その溝を埋めるのか。日本の大学基金は、これから育つのか——数値と年次をたどりながら、静かに測ってみたい。

この記事の要点
東京大学基金
2024年度の寄付入金総額は約120億円。運用資産は約280億円のリスク運用を軸に将来1000億円規模をめざす(東京大学基金、日本経済新聞2024年)。
私学の募金
慶應義塾の奨学金基金は国内最大規模の約240億円。早稲田大学の2024年度寄付総額は約40億円で、うち「早稲田大学応援基金」に約7.4億円(各大学公表資料)。
米国との桁の差
ハーバード大学基金は2024年6月末で532億ドル(約8兆円)。2024年度リターンは9.6%で、大学の年間予算約64億ドルの約37%を基金分配がまかなう(Harvard OIRA)。
10兆円ファンド
JSTが運用する大学ファンドの運用資産は2024年度末で約11.1兆円。累積収益額は1兆円を超え、東北大学が国際卓越研究大学の第1号に認定された(JST、2024年)。
税制優遇
国立大学法人等の修学支援事業への個人寄附は、平成28年改正以降、所得控除に加え税額控除(寄附額のおよそ4割)を選択できる(文部科学省)。

東京大学基金——1000億円への助走

日本の大学基金の現在地を測るには、まず旗艦を見るのがよい。東京大学が2004年の法人化を機に整えてきた「東京大学基金」は、2024年度の寄付入金総額が約120億円に達した。個人・企業・卒業生からの寄付を積み上げ、教育・研究・学生支援にあてる、いわば大学版のエンダウメントである。

近年の変化は、集めた資金の「運用」に踏み込んだ点にある。報道によれば、東京大学は基金の一部でリスク資産の本格運用に乗り出し、その規模はおよそ280億円。専門人材を擁する運用体制を整え、将来的には運用資産を1000億円規模へと引き上げる構想を描く。集めて使い切るのではなく、元本を保ちながら運用益を毎年の活動にあてる——米国型エンダウメントの発想を、日本の国立大学が本気で取り入れはじめた象徴的な動きといえる。もっとも、1000億円という目標も、後述するハーバードの8兆円の前ではなお小さい。日本の旗艦大学ですら、世界の頂点とは二桁の開きがある。

私学の募金——慶應・早稲田の底力

私立大学は、国からの運営費交付金を受けない分、伝統的に寄付や募金への依存度が高い。その代表が慶應義塾と早稲田大学である。慶應義塾は創立者・福澤諭吉以来の「独立自尊」の精神のもと、卒業生(塾員)組織の結束が強く、募金文化が根づいている。慶應義塾の奨学金基金は国内最大規模とされる約240億円に達し、学生への経済的支援の厚みを支えている。

早稲田大学も2024年度に総額約40億円の寄付を集め、そのうち学生支援を柱とする「早稲田大学応援基金」には約7.4億円が寄せられた。両校とも、校友会・稲門会といった卒業生ネットワークを募金の基盤とし、周年事業や特定プロジェクトごとに募金キャンペーンを展開する。日本において「大学への寄付」がある程度まとまった規模で成立しているのは、実はこうした伝統ある私学が中心である。逆にいえば、卒業生の帰属意識と組織化されたネットワークがなければ、大学の募金は容易には立ち上がらない。

桁が違う——米国大学基金という別世界

ここで、比較のために海を渡る。ハーバード大学の基金は2024年6月末時点で532億ドル、円換算でおよそ8兆円。単一大学の基金が、日本の大学ファンド(後述、約11兆円)に迫る規模を持つという事実に、まず驚かされる。しかも2024年度の運用リターンは9.6%を記録し、この基金からの分配金が大学の年間予算約64億ドルの約37%をまかなっている。授業料でも研究費でもなく、基金の運用益が大学経営の最大の柱なのだ。「大学を併設したヘッジファンド」と揶揄されるほど、その資産運用は洗練されている。プライベートエクイティやヘッジファンドを組み込んだ分散投資で、長期の高い収益を追求する。

この差は、単なる金額の問題ではない。第一に、寄付の歴史の厚みが違う。米国の名門大学は一世紀以上にわたって卒業生・篤志家からの巨額寄付を積み上げてきた。第二に、運用の時間軸が違う。元本を数十年かけて複利で膨らませる文化が定着している。第三に、税制と社会規範が違う。富裕層が母校へ多額を寄付することが名誉であり、当然視される土壌がある。日本の大学基金が「育つか」を問うとき、私たちが見ているのは金額の追いつきではなく、この文化と仕組みの差をどう縮めるか、という問いなのである。

10兆円の大学ファンド——国家が挑む長期運用

民間の寄付文化が薄いなら、国が原資を用意して運用益で研究を支えればよい——そうした発想から生まれたのが、10兆円規模の「大学ファンド」である。科学技術振興機構(JST)が運用主体となり、政府出資と財政投融資を原資に、その運用益を「国際卓越研究大学」に認定された大学へ配分する。日本の研究力の相対的な地盤沈下への危機感が、この壮大な実験の背景にある。

2024年度末の運用資産額は約11兆1000億円に達した。同年度の純利益は約2560億円の黒字で、運用開始以降の累積収益額は1兆円を超え(約1兆1308億円)、累積の収益率は9.6%となっている。助成の第一号として、2024年11月に東北大学が国際卓越研究大学に認定され、2024年度の助成額は約154億円。これとは別に、博士課程学生の支援として全国の大学へ約167億円が配分された。市場環境に左右される単年度の成績には振れがあるものの、長期運用で元本を守りつつ果実を研究に還す設計そのものは、まさしくエンダウメントの思想である。国が疑似的な巨大基金をつくり、大学を支える——世界的にも例の少ない挑戦だ。

なぜ日本では卒業生寄付が根づかないのか

数字を並べると、日本の弱点は明快になる。それは運用技術ではなく、そもそもの「入り口」——寄付そのものの薄さである。とりわけ卒業生からの寄付文化が、米国に比べて決定的に弱い。ハーバードでは卒業生の相当割合が母校に定期的に寄付するのに対し、日本の多くの大学では卒業生寄付率は数%にとどまるとされる。

理由はいくつも重なっている。国立大学は長く「国のもの」であり、税金で運営される以上あらためて寄付する対象という意識が育ちにくかった。大学側も、卒業後の連絡先を体系的に管理し、継続的に関係を保つファンドレイジングの体制を持たなかった。加えて、寄付が社会的名誉として可視化される文化——建物や講座に寄付者の名を冠する慣行など——も限られてきた。慶應・早稲田のような強い同窓組織を持つ私学が例外的に募金を成立させているのは、裏を返せば、その他の大学にこそ課題があることを示している。日本の大学基金が育つ条件の第一は、金額目標ではなく、卒業生との生涯にわたる関係をどう築くかにある。

税制優遇と、冠講座・奨学基金という設計

寄付を後押しする仕組みは、実は整いつつある。国立大学法人等への個人寄附については、平成28年(2016年)の税制改正で、修学支援事業にあてられる寄附を対象に、従来の所得控除に加えて税額控除を選択できるようになった。税額控除は寄附額のおよそ4割を所得税額から直接差し引く仕組みで、高所得者ほど有利になる所得控除と違い、所得水準にかかわらず還付率が一定になる。少額の寄付者にとって恩恵が大きい制度設計である。令和6年(2024年)の改正では、障害のある学生の修学支援や留学生受入れ環境の整備を対象とする寄附にも、税額控除の選択が広げられた。

制度の次は、寄付の「受け皿」の設計である。米国大学が発展させてきたのが、冠講座(named professorship)と奨学基金(named scholarship)だ。篤志家が一定額を寄付し、その運用益で特定分野の教授職や学生への奨学金を恒久的に支える。寄付者の名や、その意を託した人物の名が講座・奨学金に冠され、寄付は一度きりの支出ではなく、名を刻んだ持続的な貢献となる。日本でも寄付講座や冠奨学金の例は増えているが、その多くは数年単位の期限付きで、恒久的なエンダウメント型はまだ少ない。集めた寄付を使い切らず基金として積み、運用益で毎年支える——この「元本を残す」設計思想が広く根づくかどうかが、日本の大学基金の成熟を左右する。

大学が寄付を育てる条件

ここまでの数字と論点を束ねれば、日本の大学基金が育つための条件が見えてくる。第一に、卒業生・支援者との生涯にわたる関係構築である。年一度の会報や周年募金だけでなく、在学中から卒業後まで続く帰属意識をいかに醸成するか。第二に、運用の高度化だ。東京大学が踏み出したリスク資産運用や、大学ファンドの長期分散投資のように、集めた元本を守りながら複利で育てる体制が要る。第三に、寄付が可視化され、社会的に称賛される文化の醸成である。税額控除という制度の入り口はすでに開かれた。冠講座や奨学基金という受け皿も、設計次第で持続性を持てる。

ハーバードの8兆円に、明日追いつくことはできない。それは百年をかけて積み上げられた文化の厚みだからだ。だが、東京大学が運用に踏み出し、私学が同窓の力で募金を成立させ、国が10兆円ファンドという疑似基金で研究を支えはじめた——その一つひとつは、確かに前進である。大学基金が育つかどうかは、資金力の問題である以上に、大学と社会が「知」への投資をどれだけ自分たちの手で担おうとするかという、意思の問題でもある。桁の差を嘆くより、入り口を一つずつ広げること。日本の大学基金は、いまその助走の途上にある。

出典・参照

  • 東京大学基金「活動成果・数字で見る寄付の実績」(2024年度 寄付入金総額 約120億円)/日本経済新聞「大学基金、リスク資産運用に挑む」「東京大学の運用資産1000億円へ」(リスク運用 約280億円、運用資産1000億円構想、2023〜2024年)
  • 慶應義塾基金室(奨学金基金 国内最大規模 約240億円)/早稲田大学「寄付のご報告」(2024年度 寄付総額 約40億円、早稲田大学応援基金 約7.4億円)
  • Harvard University, Office of Institutional Research & Analytics「Fact Book: Endowment」ほか(2024年6月末 基金532億ドル、2024年度リターン9.6%、大学予算約64億ドルの約37%を基金分配が充当)
  • 科学技術振興機構(JST)「大学ファンドについて」「2024年度 業務概況書」(2024年度末 運用資産額 約11兆1056億円、当期純利益 約2560億円、累積収益額 約1兆1308億円・累積収益率9.6%、国際卓越研究大学助成 約154億円、博士課程学生支援 約167億円)/文部科学省・JST(東北大学を国際卓越研究大学第1号に認定、2024年)
  • 文部科学省「国立大学法人等の修学支援事業・研究等支援事業に対する個人からの寄附に係る所得税の税額控除について」「寄附金関係の税制について」(平成28年改正で税額控除〈寄附額の約4割〉を選択可、令和6年改正で対象拡大)

本稿は公開情報にもとづく一般的な解説であり、特定の大学・基金・金融商品を推奨・保証するものではありません。基金残高・寄付額・運用実績は調査時点や確定値/速報値の別により差異があり、為替換算値(1ドル≒150円前後)は概算です。運用成績は市場環境により変動し、将来の成果を保証しません。税制の適用にあたっては、各府省の最新の一次情報を確認のうえ、税理士等の専門家にご相談ください。