寄付は、多くの場合その場かぎりの行為として語られる。ある年に、ある団体へ、ある額を渡す。それで完結する。けれども、まとまった資金を「これから数年かけて、社会のために手渡していきたい」と考える人にとって、一回性の寄付は必ずしも器として十分ではない。特定寄附信託は、その隙間を埋めるために設けられた、信託を用いた計画的寄付のしくみである。金銭を信託銀行等に託し、元本を複数年に分けて公益団体へ寄付し、その間に生じた運用益もまた——非課税のまま——すべて寄付に充てる。静かだが、意思の持続性を制度で支える仕組みだといえる。
- 何か
- 金銭を信託銀行等に信託し、元本と運用益を指定した公益法人等へ計画的に寄付する信託契約(租税特別措置法第4条の5)。
- 期間
- 信託期間は5年以上10年以下で、1年の整数倍。原則として途中解約はできない。
- 税の扱い
- 運用収益は非課税で全額が寄付に充てられる。元本部分は寄附金控除または税額控除の対象となる。
- 寄付先
- 公益社団・財団法人、社会福祉法人、認定NPO法人など法定の団体のうち、信託銀行等と契約済みの先に限られる。
- 向く人
- まとまった資金で、財団設立ほど大がかりでなく、数年にわたり手堅く社会貢献したい個人。
特定寄附信託とは何か
特定寄附信託とは、寄付をしたい人(委託者)が金銭を信託銀行等(受託者)に信託し、その元本と運用収益を、あらかじめ指定した公益法人等へ寄付するための信託契約である。法律上の根拠は租税特別措置法第4条の5に置かれ、この条文が定める要件を満たす契約が「特定寄附信託契約」と呼ばれる。個人による寄付を後押しする一連の税制のなかで、認定NPO法人等への寄付に税額控除が導入されたのと歩調を合わせるかたちで整えられた、比較的新しい寄付の器である。登場人物は三者である。金銭を託し寄付の意思を持つ委託者(同時に受益者でもある)、金銭を預かり運用と寄付の実務を担う信託銀行等、そして寄付を受け取る公益法人等。委託者は、信託銀行等があらかじめ寄付契約を結んでいる団体のリストのなかから寄付先を指定する。「寄付はしたいが、どこに渡せばよいか分からない」という人にとって、この事前に整えられた選択肢は入り口の敷居を下げる働きをする。
お金が動くしくみ——元本と運用益
委託者が信託した金銭は、預貯金、国債・地方債、合同運用指定金銭信託など、比較的手堅い方法で運用される。ここで特定寄附信託の性格がはっきりする。信託協会の解説によれば、各年に寄付される金額は、当初信託元本額を信託期間の年数で割った額に、その年までに生じた利子を加えた合計とされる。つまり元本は期間で均等に分割され、運用益はその都度上乗せされて、指定先へと流れていく。運用益に税金がかからない点が、この制度の要である。通常、預貯金や金銭信託の利子には源泉徴収がなされるが、特定寄附信託の運用収益は非課税とされ、その全額が寄付に充てられる。手元に一円も残さず社会へ渡すことを前提に、税が免じられている。ただ寄付するだけなら渡した元本の分しか届かないところ、運用益ぶんだけ寄付が上積みされる——控えめだが、意思をわずかに増幅させる設計である。
税の優遇——控除の対象は元本部分
税制上の扱いには二つの層がある。ひとつは前述の運用益非課税。もうひとつは、寄付そのものに対する寄附金控除である。公益法人等へ寄付された金額は、確定申告により、所得控除としての寄附金控除、あるいは一定の要件を満たす団体であれば税額控除(寄附金特別控除)の対象となる。ここで正確に押さえておくべきは、控除の対象となるのは元本部分に限られるという一点である。信託銀行等は元本と運用益を合わせて寄付するが、寄附金控除等の計算に算入できるのは元本部分のみで、非課税で寄付される運用益は対象外となる(信託協会)。所得控除は「その年の特定寄附金の合計額」と「総所得金額等の40%」のいずれか低い額から2千円を引いた金額、税額控除は(寄付金額−2千円)×40%で、所得税額の25%を上限とする。二重に得をするのではなく、非課税と控除がそれぞれ別の部分に働く、と理解しておくのがよい。
通常の寄付・遺贈との違い
一度に渡す通常の寄付と比べたとき、特定寄附信託の輪郭はより鮮明になる。第一に時間軸。通常の寄付が単発であるのに対し、特定寄附信託は5年以上10年以下という期間にわたり、毎年計画的に寄付を続ける。意思が一過性で終わらず、制度として持続する。第二に運用益。手元資金をそのまま渡すのではなく、信託期間中の運用益も上乗せして寄付できる。第三に透明性。寄付先の公益法人等から活動状況の報告や寄附受領証の交付を定期的に受けられるため、託した資金がどう使われたかを見届けながら関与を続けられる。遺贈との違いも重要である。遺贈は「亡くなったあとに財産を渡す」約束であり、効力が生じるのは相続の時である。対して特定寄附信託は生前から寄付が始まり、委託者は自分の目でその成果を確かめられる。もっとも両者は排他的ではない。特定寄附信託には、委託者が信託期間中に死亡した場合、信託は終了し、残る信託財産の全額があらかじめ指定した公益法人等へ寄付される、という定めがある。生前は計画寄付として、万一のときは遺贈に似た働きとして——ひとつの契約が二つの局面をつなぐ。遺贈という選択そのものについては遺贈寄付もあわせて参照されたい。
メリットと留意点
利点をまとめれば、寄付先を迷わず選べること、運用益ぶんだけ寄付を増やせること、活動報告を通じて安心して寄付を続けられること、そして元本部分に寄附金控除等が適用されることである。加えて、一度契約を結べば実務は受託者が担うため、寄付先への送金や税務書類の作成といった手間から解放される。計画性と手離れのよさが、この器の持ち味だといえる。一方で、留意すべき制約は少なくない。信託できる財産は金銭に限られ、不動産や有価証券は信託できない。寄付先は法定の団体のうち、信託銀行等と契約済みの先に限られる。そして最も重い制約は、法令により原則として途中解約ができないことである。委託者へ金銭を戻せるのは、当初信託元本額の30%を上限とし、信託期間にわたり毎年均等に交付される範囲にとどまる。手元に取り戻せる余地は限定的で、「渡すと決めた資金」であることが前提となる。運用も元本保証ではなく、預金保険の対象外である点も承知しておきたい。契約前の商品概要説明書の熟読が欠かせない。
財団設立・冠基金との比較
まとまった資金で社会に関わろうとするとき、選択肢は特定寄附信託だけではない。自ら公益財団法人を設立すれば、寄付の方針や助成先を自分の哲学で設計でき、永続的な器を持てる。だが設立には相当の初期資産と、理事会運営・会計・行政報告といった継続的な体制が要る。既存の財団を調べると、その運営の重みは想像がつくだろう。冠基金——既存の財団や共同募金の内部に自分や家族の名を冠した基金を設ける方式——は、器を借りるぶん設立の負担が軽く、運営は受け皿の団体に委ねられる。この三者を関与の深さで並べれば、財団設立が最も主体的で重く、冠基金がその中間、特定寄附信託は最も軽やかな部類に入る。特定寄附信託は「自分の財団を持つ」ものではなく、あくまで既存の公益団体へ計画的に寄付を届ける仕組みである。裏を返せば、設立や運営の負担なしに、時間をかけた寄付という骨格だけを手に入れられる。どの器がふさわしいかは、動かせる資金の規模、関与したい深さ、遺したいものの性質によって変わる。判断に迷うときはアドバイザリーで全体像を整理することをお勧めする。
どんな人に向くか
特定寄附信託が静かに合うのは、次のような人だろう。退職金や相続で得たまとまった資金の一部を、確実に社会へ手渡したいと考える人。一度に大きく寄付するより、数年にわたり計画的に届けたい人。財団を設立するほどの規模や体制は望まないが、単発の寄付では意思が軽く感じられる人。そして、託した資金の行方を活動報告で見届けながら、静かに関与を続けたい人。寄付とは本来、額の大小ではなく、意思をどのような時間の形に置くかという問いでもある。特定寄附信託は、その問いに対して「数年をかけて、手堅く、見届けながら」という一つの答えを用意している。派手さはない。しかし、渡すと決めた資金を制度の力で確実に社会へ流し切るという意味で、これは信頼に足る器のひとつである。
出典・参照
- 一般社団法人 信託協会「特定寄附信託」(商品概要・要件・寄附金控除の計算方法)
- 三菱UFJ信託銀行「特定寄附信託の商品概要」(信託期間5年以上10年以下・元本の均等分割・委託者交付30%上限等)
- 国税庁 タックスアンサー No.1150「一定の寄附金を支払ったとき(寄附金控除)」
- 国税庁 タックスアンサー No.1266「公益社団法人等に寄附をしたとき」
- 租税特別措置法第4条の5(特定寄附信託の利子所得等の非課税)
本稿は制度の概要を一般的に解説するもので、個別の税務・法務上の判断を保証するものではない。税制・要件は改正される場合がある。契約にあたっては最新の商品概要説明書を確認し、具体的な税務の取扱いは所轄税務署または税理士等の専門家に確認されたい。