公益信託は、財団を設立せずとも、委託者の想いに沿った公益活動を長く続けられる仕組みである。だが長らく「使いにくい制度」として、その潜在力を発揮できずにいた。2024年5月、大正時代から続いた法律が約100年ぶりに全面改正され、公益信託は財団と並ぶ社会貢献の器へと生まれ変わろうとしている。施行は2026年4月。制度が動き出す前に、何がどう変わるのかを一次情報に沿って静かに整理しておきたい。

この記事の要点
新しい法律
「公益信託に関する法律」(令和6年法律第30号)が2024年5月22日に公布。大正11年制定の旧法を全面改正した。
施行時期
2026年(令和8年)4月1日に施行。令和7年6月27日の政令第232号で施行日が確定した。
許可制から認可制へ
各省庁バラバラの主務官庁制を廃止。公益法人と共通の行政庁が公益認定等委員会の意見に基づいて認可・監督する。
担い手と財産の拡大
受託者は信託銀行に限られず、公益法人・NPO法人、さらに個人も担える。信託財産も金銭に加え不動産・美術品等へ広がる。
これまでの実績
旧制度下の公益信託は信託件数約400件、信託財産額約500億円にとどまり、十分に活用されてこなかった(内閣府)。

公益信託とは何か

公益信託とは、契約または遺言によって委託者から受託者に託された財産を用いて、受託者が「委託者の想い」に沿った公益活動を継続的に行う仕組みである。内閣府はこれを「民間の公益活動のより身近なツール」と位置づけている。

新しい「公益信託に関する法律」(以下、新公益信託法)は、公益信託を「受益者の定めのない信託であって、公益事務を行うことのみを目的とする信託」と定める。ここでいう「公益事務」とは、学術の振興や福祉の向上など、不特定かつ多数の者の利益の増進を目的とする事務を指し、新法は公益法人の公益事業とほぼ同じ内容を別表で例示している。要点は、公益信託が「機関を設けない」点にある。財団のように理事会や評議員会を新たに立ち上げる必要はなく、信託財産と受託者の組織・能力を活用して公益活動を実現する。器の軽さこそ、公益信託本来の持ち味である。

旧制度は、なぜ使われなかったのか

公益信託は、公益法人と同じ役割を期待されながら、十分に活用されてこなかった。内閣府の資料によれば、旧制度下の公益信託は信託件数約400件、信託財産額約500億円にとどまる。理由は大きく二つある。第一に、許可・監督の基準が不統一であったこと。旧法では公益信託の引受けは各分野の主務官庁の許可を要し、監督もそれぞれの官庁が担った。どの官庁に、どのような基準で申請するのかが分野ごとに異なり、相談窓口もバラバラだった。第二に、税制優遇の要件が厳しかったこと。とりわけ税法上、信託財産が金銭に限られていた点は、不動産や美術品を託したい富裕層にとって大きな制約であった。加えて、受託者となれるのは実務上ほぼ信託銀行等に限られていた。担い手が狭く、財産も金銭に縛られ、手続きも不透明——こうした重なりが、制度の停滞を招いていた。

2024年改正——約100年ぶりの全面改正

2024年5月22日、「公益信託に関する法律」が公布された。これは大正11年(1922年)制定の旧法を全面的に改め、公益法人制度と平仄を合わせた制度設計へと組み替えるものである。内閣府は改正のポイントを、担い手の範囲の拡大、信託財産・信託事務の範囲の拡大、そして透明性の高い認可・監督の仕組みの三つに整理している。制度全体の思想は、公益信託制度を公益法人制度に一元化することにある。これまで別系統で運用されてきた公益信託を、共通の行政庁・共通の基準の下に置き直す——国民からの信頼を確保しつつ、使いやすい制度へと見直す改正である。

許可制から認可制へ

最も構造的な変化は、主務官庁制の廃止である。新法の下では、公益信託は行政庁の認可を受けなければ効力を生じない。認可を担う行政庁は、公益法人と共通の内閣総理大臣または都道府県知事であり、公益認定等委員会(都道府県では合議制の機関)の意見に基づいて可否を判断する。認可基準やガバナンスも法定された。受託者には公益信託事務を適正に処理する経理的基礎と技術的能力が求められ、信託管理人が受託者を監督する。報告徴求・検査、勧告・命令、認可の取消しといった監督の仕組みも公益法人と同等に設けられ、信託が終了した際には残余財産を類似の公益目的を持つ他の公益信託等に帰属させる旨を、あらかじめ定めておかなければならない。バラバラだった申請・相談窓口は一元化され、基準も統一される。

担い手と財産——広がる二つの範囲

第二の柱は、受託者の範囲の拡大である。新法は、法人だけでなく個人も受託者となりうる建付けを採用した。内閣府は、信託会社に加え、公益法人・NPO法人等が社会的課題解決のノウハウを生かして担い手となることを想定している。これは、助成金を配るだけでなく、美術館や子ども食堂の運営といった「事業型」の公益信託を可能にする。第三の柱は、信託できる財産の範囲の拡大である。旧制度で金銭に限られていた信託財産は、新法の下では不動産や美術品等へと広がる。株式については、その会社の事業活動を実質的に支配するおそれがない場合として政令で定める条件を満たすときに限り、信託財産とすることができる。税制については、改正法の直接の内容ではないものの、令和6年度税制改正のなかで関係規定の整備が進められた。制度が公益法人と一元化される以上、優遇の水準も公益法人に近づく方向にあると理解しておきたい。ただし、みなし譲渡所得の非課税や寄附金控除の具体的な適用範囲は、施行に向けて公表される政省令・通達で確認すべき論点である。

財団設立との比較——どちらを選ぶか

公益信託と公益財団は、いずれも「委託者・設立者の意思を長く公益に生かす」器である。違いは、その重さにある。財団は法人格を持ち、理事会・評議員会・監事を備え、事務局を運営する。継続性とガバナンスの厚みがある一方、設立と維持の負担は小さくない。公益信託は機関を設けずに済み、受託者の組織・能力を借りて活動する。相対的に軽く、立ち上げやすい。新制度によって両者の距離は縮まったが、それでも公益信託は「自前の組織を持たずに、既存の担い手の力を借りて公益を実現したい」場合に向く。財団は「相当規模の資産を、長期にわたり自らのガバナンスの下で運営したい」場合に向く。どこまで自分で運営に関わりたいかという関与の度合いが、選択の分かれ目になる。国内の財団の広がりは団体データベースで確かめられる。

富裕層の使いどころ

富裕層にとって、新しい公益信託は選択肢を一つ増やす。金銭に限られていた財産の枠が外れることで、先祖代々の不動産や、長年収集してきた美術品を、そのかたちのまま公益に生かす道が開ける。事業型の公益信託が可能になったことは、「資金を配る」だけでなく「事業を続ける」タイプの想いを実現しやすくする。遺言による設定を使えば、相続・資産承継の設計のなかに公益の柱を組み込むこともできる(遺贈寄付も参照)。もっとも、株式を信託財産とする際の政令要件や、税制優遇の具体的な適用は、施行に向けて公表される政省令・ガイドラインを待って判断すべき段階にある。2026年4月の施行までの一年余りは、財団設立とどちらが自らの目的に適うかを、税務・法務の専門家とともに静かに見極める時間としたい。制度が軽くなったからこそ、選ぶ側の設計思想が問われることになる。設計に伴走が必要であればフィランソロピストアドバイザリーで相談できる。

出典・参照

  • 内閣府「新公益信託制度が令和8年4月から始まります」(2026年)
  • 内閣府「公益信託に関する法律案の概要【新公益信託法案】」
  • e-Gov法令検索「公益信託に関する法律」(令和6年法律第30号)
  • 日本公認会計士協会「内閣府:改正公益認定法及び公益信託法の公布について」(2024年5月)
  • 公益法人information「新たな公益信託制度の施行準備に関する研究会」

本稿は2026年7月時点で確認できる一次情報に基づく一般的な解説であり、個別の法務・税務判断を示すものではない。施行に向けて公表される政省令・ガイドライン等により取扱いが変わる可能性がある。実際の公益信託の設定・財団設立にあたっては、税理士・弁護士等の専門家に相談されたい。