海は、寄付という行為にとって扱いにくい対象である。森林であれば植えた木を数えられ、教育であれば奨学生の顔が見える。だが海は広く、境界が曖昧で、成果は水面下に隠れる。それでも近年、海洋保全は数量化への道を歩み始めた。プラスチックの流入量に幅つきの推計が与えられ、藻場の炭素固定はクレジットとして認証され、保護区の面積は割合で語られるようになった。本稿は、海洋に絞って——気候ファイナンスや森林保全は別稿に譲り——寄付者が向き合うべき数字を、一次情報の年次とともに静かに並べてみたい。
- プラスチックの規模
- UNEPは水界生態系への年間流出を約1,900万〜2,300万トンと推計する(2021年報告)。海洋のみへの流入は年約1,100万トンとされる。いずれも推計であり幅が大きい。
- 日本財団の海洋事業
- 環境省との「海洋ごみ対策プロジェクト」は延べ80万人超の参加を掲げ、東京大学との共同研究でマイクロプラスチックの実態解明を進める(公表値)。
- ブルーカーボン
- 藻場等の炭素固定を認証するJブルークレジットは、JBEにより2026年3月時点でのべ52プロジェクトが認証されている(公表値)。
- 30by30
- 日本の海洋保護区は海域の約13.3%(2020年時点)。2030年までに30%へ引き上げる国際目標に向け、OECMの認定が進む。
- 技術による回収
- The Ocean Cleanupは2025年に約2,500万kgを回収し累計4,500万kg超に達したと公表。2040年までに浮遊プラの90%除去を目標とする。
数字の桁を、まず正しく置く
海洋プラスチック問題を語るとき、最初にすべきは桁を正しく置くことである。国連環境計画(UNEP)が2021年に公表した報告書『From Pollution to Solution』は、河川・湖沼を含む水界生態系全体への年間流出を約1,900万〜2,300万トンと推計した。このうち海洋のみへ到達する量は年約1,100万トンとされる。いずれも推計であり、算定手法によって幅が大きいことをまず認めておかねばならない。それでも桁の感覚は共有できる。毎分トラック一台分のプラスチックが海に注がれている、という比喩がしばしば用いられるのは、この規模を日常の尺度へ翻訳するためである。
日本国内に目を転じれば、環境省が「日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計」を年次で公表しており、令和5年度・令和6年度の検討結果が順次示されている。国内から海へ流出する量を陸域の廃棄物発生と管理状況から積み上げる試みであり、これもまた推計である。寄付者にとって重要なのは、正確な一点の数字ではなく、問題が「対策なしには増え続ける」構造にあることだ。日本財団と東京大学の共同研究は、1950年代から1980年代にかけて海洋プラスチックが約10年で10倍というペースで増加した可能性を指摘している(公表値)。蓄積は指数的であり、時間は味方をしない。
国内最大の担い手——日本財団の位置
国内の海洋分野で寄付と助成の中核を担ってきたのは日本財団である。同財団は環境省と連携した「海洋ごみ対策プロジェクト」を展開し、延べ80万人超の市民参加を掲げる清掃・啓発活動を全国で組織してきた(公表値)。2025年度の「海と日本プロジェクト」実施報告では、全国延べ192か所で合計28,332人が参加し、多数のごみ袋が回収されたことが記録されている。数字の一つひとつは小さく見えるかもしれない。だが、清掃活動の本質は回収量そのものよりも、参加者が問題を「自分ごと」として引き受ける契機を作る点にある。
同時に日本財団は、東京大学との共同研究を通じてマイクロプラスチックおよびナノプラスチックの実態調査という科学的基盤の整備にも資金を投じてきた。ここに、大口寄付者が学ぶべき役割分担の型がある。清掃という「見える成果」と、研究という「見えにくいが土台となる投資」の双方に資金が必要であり、後者は市民の小口寄付では集まりにくい。まとまった資金を動かせる富裕層こそが、成果の可視化に時間のかかる基礎研究を支える適性を持つ。
藻場という炭素——ブルーカーボンの制度化
海洋保全が「浄化」から「創出」へと視野を広げたとき、鍵となるのがブルーカーボンである。海草藻場や海藻藻場、干潟などの沿岸生態系が吸収・貯留する炭素を指し、陸の森林(グリーンカーボン)と対をなす概念だ。日本ではジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が「Jブルークレジット」制度を運用し、藻場等が固定したCO2を第三者委員会の審議を経て認証・発行している。特筆すべきは、この制度が将来の見込みではなく「既に行われたプロジェクトの過去の実績」に基づくクレジットである点だ。それゆえ品質と確実性が高いとされる。
認証実績は着実に積み上がっている。JBEの公表によれば、令和4年度(2022年度)には21プロジェクト・合計約3,733トン(CO2換算)が認証され、2026年3月時点でのべ52プロジェクトが認証を取得するに至った。一件あたりの吸収量は数トンから数百トンと小さく、藻場の規模も数千平方メートル単位のものが多い。だが藻場の価値は炭素固定だけにとどまらない。水質浄化、魚類の増加、生物多様性の確保といった副次的な環境価値を同時に生む。寄付者がここに資金を投じる意味は、単一の指標ではなく複数の価値が束になって立ち上がる点にある。なお、Jブルークレジットの保有は内国法人に限られ、個人が直接購入できない設計であることには留意したい。富裕層が関与する場合、自身の資産管理法人や、支援先の団体を通じた間接的な関与が現実的な経路となる。
面積で語る保全——30by30と海洋保護区
個別のプロジェクトを積み上げる発想とは別に、面積で保全を語る枠組みも進んでいる。2030年までに陸と海のそれぞれ30%以上を保全する国際目標「30by30」である。日本の海洋保護区は2020年時点で海域の約13.3%にとどまり、目標までにはなお隔たりがある。この差を埋める手段として注目されるのが、OECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)の認定だ。環境省は2023年度から、企業や地域が管理する土地・水域を「自然共生サイト」として認定する制度を開始した。
面積目標は、寄付者にとって二つの示唆を持つ。第一に、保全は「点」から「面」へと束ねられて初めて生態系として機能するということ。孤立した藻場や清掃済みの一区画では、海流でつながる海の系全体は守れない。第二に、民間が管理する海域が公的な保全目標に算入されうる時代になったということ。漁業権を持つ地域や、企業が関わる沿岸域が、認定を通じて国家目標の一部を構成する。ここに、資金だけでなく土地・水域の管理という形で保全に参画する道が開けている。
技術で回収する——The Ocean Cleanupの到達点
寄付が科学技術と結びついたとき何が起きるかを、最も鮮明に示すのがThe Ocean Cleanupである。オランダ発のこの非営利団体は、外洋の集積域と河川の双方でプラスチックを回収する装置を運用してきた。同団体の公表によれば、2025年には過去最高となる約2,500万kgを回収し、活動開始からの累計は4,500万kgを超えた。太平洋ごみベルトの浮遊プラを2040年までに90%除去することを目標に掲げ、河川からの流入を断つ「30都市プログラム」も進めている。
ただし冷静な比較を欠いてはならない。年間約1,100万トン(=110億kg、推計)が流入する海に対し、回収の累計は4,500万kgである。桁が三つ違う。この事実は技術的回収の意義を否定するものではないが、回収だけでは追いつかないことを冷厳に告げている。だからこそ、蛇口を締める——すなわち陸での発生抑制や、河川での捕捉——への投資が同時に不可欠となる。寄付者が学ぶべきは、下流の回収と上流の抑制を対立させず、両者に配分する視点である。派手な回収装置は寄付を集めやすいが、地味な発生抑制こそが桁の問題を解く。
寄付者にとっての設計図
ここまで並べた五つの数字——プラスチックの規模、日本財団の事業、ブルーカーボン、海洋保護区、技術的回収——は、それぞれ独立した話題ではなく、一つの設計図の各部である。上流(発生抑制)から下流(回収)まで、そして浄化から創出(藻場)、点から面(保護区)へと、海洋保全は多層をなす。富裕層の寄付が持つ固有の強みは、この多層のうち市民の小口寄付では埋まりにくい層——基礎研究、長期の藻場再生、面的な保全の枠組みづくり——に、腰を据えた資金を置けることにある。
そして最後に、海の保全に特有の謙虚さを添えておきたい。海は成果が水面下に隠れ、効果の検証に年単位の時間を要する。ゆえに、単年度の回収量や参加人数だけで成否を測るのは誤りである。推計に幅があり、因果が見えにくいからこそ、寄付者には結果を急がず、測定と公開を続ける団体を選び、腰を据えて伴走する姿勢が求められる。数字は、その伴走を支える羅針盤であって、性急な採点表ではない。
- 財団・助成団体データベース——海洋・環境分野に助成する財団や団体を、規模や財務の定点データとともに検索できる。
- サービス一覧——寄付先の選定や継続的な伴走を検討する際に活用できる支援メニューを一覧できる。
- 高齢化社会と寄付——シニアマネーはどこへ向かうか——関連論考。
- 子どもの貧困と居場所づくり——こども食堂は何を変えたか——関連論考。
- 気候ファイナンスとフィランソロピー——巨額資金はどこへ流れているのか——関連論考。
出典・参照
- UNEP『From Pollution to Solution: A global assessment of marine litter and plastic pollution』(2021年) 水界生態系への年間流出 約1,900万〜2,300万トン(推計)、海洋への流入 年約1,100万トン(推計)
- 環境省「日本の海洋プラスチックごみ流出量の推計」令和5年度・令和6年度検討結果
- 日本財団・環境省「海洋ごみ対策プロジェクト」および「海と日本プロジェクト」2025年度実施報告書(参加者数等の公表値)
- 日本財団×東京大学 海洋プラスチックごみ対策事業(マイクロプラスチック調査の公表値)
- ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)「Jブルークレジット」認証・発行実績(令和4年度21プロジェクト・約3,733t-CO2、2026年3月時点でのべ52プロジェクト)
- 環境省「30by30」および「自然共生サイト」制度資料(海洋保護区 約13.3%、2020年時点)
- The Ocean Cleanup 公表資料(2025年回収 約2,500万kg、累計4,500万kg超、2040年までに浮遊プラ90%除去目標)
本稿は公表された一次情報に基づく解説であり、特定の寄付・投資・税務上の助言を目的とするものではありません。数値は各出典の公表時点のものであり、推計値は幅を伴います。最新の状況および具体的な意思決定にあたっては、各出典の原典および専門家への確認をお願いいたします。