人はどこで、誰に囲まれて最期の時間を過ごすのか。この問いに対する社会の答えは、医療制度だけでは完結してこなかった。近代ホスピスは半世紀余り前、公費ではなく寄付によって建てられた建物から始まり、その伝統は今も続いている。英国ではホスピス財源の約3分の2を民間資金が担い、日本では制度の外側に立つこどもホスピスが、ほぼ寄付のみで運営されている。死にゆく人の時間を支えるという、市場も行政も測りにくい価値を、フィランソロピーはどう支えてきたのか。本稿はその構造を、統計と歴史から静かに確認する。

この記事の要点
日本の緩和ケア病棟
1990年の診療報酬新設時に5病棟120床だった緩和ケア病棟は、2020年には453病棟9,267床に増えた(日本ホスピス緩和ケア協会集計、ホスピス緩和ケア白書2021)。
近代ホスピスの起点
1967年開設のセント・クリストファー・ホスピス(ロンドン)は、支援者が寄付で集めた33万ポンド超を建設資金として誕生した(同ホスピス公式サイト)。
英国の寄付依存度
成人ホスピスの公費は平均約3分の1、小児ホスピスは約5分の1にとどまり、セクター全体で年間10億ポンド超を寄付等の自主財源で調達する(Hospice UK・英議会超党派議員連盟報告、2024年)。
日本のこどもホスピス
日本初のコミュニティ型こどもホスピス「TSURUMIこどもホスピス」(2016年、大阪)は医療制度から独立し、運営のほとんどを寄付が支える(公益社団法人こどものホスピスプロジェクト)。
遺贈寄付との接続
日本財団の意識調査(2017年)では、子も配偶者もいない60歳以上の42.6%が遺贈寄付の意向を示した。最期の時間を支える施設への遺贈は、動機と使途が重なる寄付である。

制度の内側——日本の緩和ケア病棟の現在地

日本の緩和ケア病棟は1990年、診療報酬に緩和ケア病棟入院料が新設されたことで制度化された。当初5病棟120床だった病棟は、2020年には453病棟9,267床に達している(日本ホスピス緩和ケア協会集計、2020年11月時点)。がんで亡くなる人のうち緩和ケア病棟で最期を迎える人の割合は2019年度で15〜16%と推定され、在宅死は12.4%である(ホスピス緩和ケア白書2021)。つまり日本の看取りの大半は今も一般病床と施設で行われており、専門的緩和ケアはなお希少な資源にとどまる。そして重要なのは、この診療報酬という公的財源が賄うのは「医療」の部分に限られるという事実である。音楽を聴く午後、家族が泊まる部屋、季節の行事——最期の時間の質を形づくる多くの営みは、制度の勘定科目の外にある。

1967年、寄付が建てた病院——セント・クリストファーの原点

近代ホスピスの出発点は、1967年にロンドン郊外で開設されたセント・クリストファー・ホスピスである。創設者の故シシリー・ソンダース(1918-2005)は、看護師・ソーシャルワーカー・医師という三つの経歴を重ねながら、末期患者の痛みが医学の関心の外に置かれている現実に向き合い、疼痛緩和の臨床と研究、教育、そして全人的ケアを一つ屋根の下に統合する構想を描いた。この構想に共鳴した支援者たちが33万ポンド超の寄付を集め、世界初の近代ホスピスが建った。「あなたはあなたであるがゆえに大切なのだ」という同ホスピスの理念が示すとおり、ホスピスは治療の敗北処理ではなく、生の最終章への肯定として設計された。国家医療制度の内側からではなく、民間の志から生まれたという出自は、以後のホスピス運動の財政構造を決定づけることになる。

3分の1の公費——英国ホスピスの財政構造

英国には200を超えるホスピスがあるが、その大半は今も独立したチャリティである。Hospice UKと英議会超党派議員連盟の報告(2024年1月)によれば、成人ホスピスが公費から受け取るのは平均で収入の約3分の1、小児ホスピスでは約5分の1にすぎない。残りはチャリティショップ、地域のイベント、個人の寄付、そして遺贈によって賄われ、セクター全体で年間10億ポンド超を自主財源として調達している。2024年にはインフレ下で公費が実質目減りし、セクター全体で数千万ポンド規模の収支不足が報告されるなど、この構造の脆さも露呈した。しかし裏を返せば、英国の市民社会は半世紀にわたり、隣人の最期の時間を自らの財布で支え続けてきたのである。ホスピスへの寄付が英国で最も裾野の広い寄付分野の一つであり続けるのは、誰にとっても「いつか自分ごと」になる使途だからにほかならない。

制度の外側——日本のこどもホスピスと寄付

日本でこの構造が最も鮮明に表れているのが、こどもホスピスである。2016年4月、大阪の鶴見緑地に開設された「TSURUMIこどもホスピス」は、生命を脅かす病気とともにある子どもと家族が、治療中心の生活を離れて遊びや学び、家族の時間を過ごすための施設だが、医療機関ではない。医療・福祉制度から独立したコミュニティ型施設であるがゆえに公定価格による収入はなく、運営のほとんどを個人・法人の寄付が支えている(運営は公益社団法人こどものホスピスプロジェクト、2019年公益認定)。2021年には横浜に「うみとそらのおうち」(認定NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト)が続き、こちらも寄付を主財源とし、遺贈寄付の受け入れを明示する。制度が「治す医療」を前提に設計されている以上、治癒が望めない子どもの「生きる時間」を支える場は、制度の外に、寄付によってしか建たなかった——この事実は、日本のフィランソロピーが担うべき領域を端的に示している。

なぜ最期の時間に民間資金が要るのか

緩和ケアへの寄付には、他分野と異なる構造的な理由がある。第一に、成果を測る物差しが乏しい。延命でも治癒でもない「残された時間の質」は、行政の費用対効果の枠組みに載りにくく、予算獲得競争で常に劣後する。第二に、需要が普遍的である一方、受益者が声を上げられない。死にゆく人と看取る家族は、政策提言の主体になりにくい。第三に、ケアの本質が「制度化しにくいもの」——傾聴、環境、尊厳——にあるため、公費で標準化するほど失われるものがある。英国のホスピスが公費依存を3分の1にとどめてきたのは財政的窮余だけでなく、地域に根ざした自律性を守る選択でもあった。民間資金は、ここでは単なる不足の穴埋めではなく、ケアの質と独立性の担保なのである。

遺贈寄付という接続——最期の時間から、次の誰かの最期へ

自らの死後、財産の一部を最期の時間を支える施設に遺す——遺贈寄付とホスピスほど、動機と使途が自然に重なる組み合わせは少ない。実際、英国ホスピスの自主財源において遺贈は柱の一つであり、日本でも横浜こどもホスピスをはじめ受け入れ体制を整える団体が増えている。日本財団の意識調査(2017年)では、子も配偶者もいない60歳以上の42.6%、全体でも約5人に1人が遺贈寄付に前向きと答えた。2023年公表の同財団調査では遺贈の認知は6割を超えている。相続人のいない財産が最終的に国庫に帰属する件数が増え続けるなか、遺言によって行き先を自ら定めることは、資産管理の実務であると同時に、自分の死生観を社会に残す行為でもある。全国レガシーギフト協会の相談窓口や各団体の遺贈担当は、司法書士・弁護士と連携した実務の道筋を整えつつある。検討の手順は当サイトの遺贈寄付ガイドに整理した。

寄付者への示唆——静けさに対する作法

最後に、この分野に資金を投じる際の作法に触れたい。第一に、経常費を厭わないことである。ホスピスの価値は建物ではなく、日々の人件費と運営の持続にある。使途を狭く指定した単発の寄付より、複数年の継続支援が現場を安定させる。第二に、露出を求めすぎないこと。最期の時間を過ごす場は、寄付者の名を掲げる広告塔には適さない。第三に、施設への直接支援と並んで、緩和ケアの研究・人材育成への助成(日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団などが担う領域)や、こどもホスピスの全国展開を支える中間支援にも視野を広げることである。死は誰にも等しく訪れる。だからこそ、最期の時間を支える資金は、特定の誰かのためではなく、いずれ訪れる自分自身と、まだ見ぬ隣人のための投資となる。静謐な使途にこそ、成熟した富の出番がある。

出典・参照

  • 日本ホスピス緩和ケア協会「緩和ケア病棟入院料届出受理施設数・病床数の年度推移」(hpcj.org)
  • 日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団『ホスピス緩和ケア白書2021』「データでみる日本の緩和ケアの現状」(2021年、hospat.org)
  • Hospice UK「Key facts about hospice care」ほか財政関連発表(2024年、hospiceuk.org)
  • 英議会超党派議員連盟(APPG)報告書「Government funding for hospices」(2024年1月)
  • St Christopher's Hospice「Our history」(stchristophers.org.uk)
  • 公益社団法人こどものホスピスプロジェクト(TSURUMIこどもホスピス)公式サイト・寄付案内(childrenshospice.jp)
  • 認定NPO法人横浜こどもホスピスプロジェクト「うみとそらのおうち」公式サイト(childrenshospice.yokohama)
  • 日本財団「遺贈に関する意識調査」(2017年)、「遺言・遺贈に関する意識・実態把握調査」(2023年、nippon-foundation.or.jp)
  • 全国レガシーギフト協会「いぞう寄付の窓口」(izoukifu.jp)

本稿は公開情報に基づく解説であり、特定の団体への寄付、医療・法務・税務上の判断を勧誘・助言するものではない。統計数値はいずれも出典に記載の時点のものであり、最新の状況は各団体の公表資料を確認されたい。