冷蔵庫の奥で賞味期限が近づく缶詰。倉庫に眠る、印字ミスで売り物にならなくなった菓子。まだ十分に食べられるのに、行き場を失った食品は、私たちの社会に驚くほどの量で存在する。その一方で、今日の食事に困る人がいる。この二つのあいだに橋を架けようとする営みが、フードバンクである。「もったいない」という感情を、慈善ではなく仕組みとして分かち合うこと——本稿では、日本の食品ロスの規模、フードバンクの歩み、企業寄贈の税制、そして寄附をめぐる法とガイドラインの現在地を、出典とともに辿る。
- 食品ロス
- 日本の食品ロスは令和5年度(2023年度)で約464万トン、うち家庭系約233万トン・事業系約231万トン。国民一人あたり年間約37キロにあたる(農林水産省・環境省推計)。
- 始まり
- 日本初のフードバンクはセカンドハーベスト・ジャパン。2002年3月に設立、同年7月に東京都からNPO法人の認証を受け、活動を全国へ広げた。
- 広がり
- 農林水産省「フードバンク活動団体一覧」掲載団体は2024年5月時点で272団体、2025年3月末時点で287団体に拡大した。
- 税制
- 企業の食品寄贈が実質的に商品廃棄の一環であれば、その費用は寄附金でなく全額を損金算入できる(国税庁見解)。廃棄より寄贈が選ばれやすくなる。
- 指針
- 2024年12月、官民協議会が「食品寄附ガイドライン(第一版)」を公表。一方、事業者を一律に免責する法制化は見送られた。
フードバンクとは何か
フードバンクの仕組みは、言葉にすればごく単純である。食品メーカー、卸、小売、農家、あるいは家庭から、まだ安全に食べられるのに流通ルートから外れた食品を無償で受け取り、それを必要とする人や支援団体へ届ける。受け取る側は、生活困窮者、母子・父子世帯、高齢者、こども食堂、生活困窮者支援団体、福祉施設など多岐にわたる。フードバンクは自ら食品を売るわけでも、買うわけでもない。余剰と不足のあいだに立ち、両者を橋渡しする「仲立ち」が、その本質である。
企業の側にも寄贈の理由がある。包装の印字ミス、規格外品、需要予測を外れた過剰在庫、賞味期限は残るが小売店頭に置けなくなった商品——これらは廃棄すれば処理費用がかかる。捨てるくらいなら、価値あるまま人の役に立てたい。この素朴な願いを、信頼できる形で受け止めるのがフードバンクの役割だ。
捨てられる食品の、規模
そもそも、日本ではどれだけの食品が捨てられているのか。農林水産省と環境省の推計によれば、まだ食べられるのに廃棄される「食品ロス」は令和5年度(2023年度)で約464万トン。内訳は家庭から出るものが約233万トン、事業者から出るものが約231万トンで、両者はほぼ拮抗している。国民一人あたりに換算すると、年間およそ37キロ——毎日おにぎり一個ほどを捨てている計算になる。この464万トンは、統計が詳細に取られるようになって以降で最小を更新した数字でもある。事業系の食品ロスは2000年度比で約58%削減され、2030年度までに60%削減という国の目標に迫っている(農林水産省、2025年6月公表)。減ってはいる。だが、なお膨大な量が捨てられている事実は変わらない。
この巨大な「もったいない」の流れの一部を、必要な人の食卓へ向け直す。それがフードバンクの、社会的な意味である。
日本のフードバンク——一つの活動から全国へ
日本でこの仕組みを最初に根づかせたのが、セカンドハーベスト・ジャパンである。創設者チャールズ・E・マクジルトン氏のもと、2002年3月に設立総会を開き、同年7月に東京都から特定非営利活動法人の認証を受けた。日本で初めて法人化されたフードバンクであり、「すべての人に、食べ物を(Food for All People)」を掲げて、企業からの食品受け入れ、困窮世帯への配布、炊き出しなどを続けてきた。
この一つの活動は、やがて全国へと広がった。農林水産省が公表する「フードバンク活動団体一覧」に掲載された団体は、2024年5月時点で272団体、2025年3月末時点では287団体にのぼる。これらの団体をつなぐネットワークも育ち、一般社団法人全国フードバンク推進協議会や、各地の活動を束ねる連盟が、団体間の連携・政策提言・寄贈食品の融通を担うようになった。コロナ禍と、その後の物価高は、こうした活動への需要を押し上げた。ある調査では、支援要請が「増加した」と答えたフードバンク団体が7割を超えたという(消費者庁・国民生活センター参照資料)。
フードドライブ——一人ひとりが持ち寄る
フードバンクを支えるのは、企業からの大口寄贈だけではない。家庭に眠る食品を持ち寄る「フードドライブ」という参加の形がある。スーパーの店頭、自治体の窓口、学校、企業のオフィス、マンションのロビーなどに回収ボックスが置かれ、買いすぎた乾麺、贈答でもらった缶詰、期限に余裕のあるレトルト食品などを、誰もが少しずつ持ち寄る。一人の一袋は小さくとも、集まれば地域の困窮世帯を支える確かな量になる。
フードドライブの価値は、量だけにあるのではない。買い物のたびに「これは本当に使い切れるか」と考える習慣を生み、食品ロスという問題を自分ごとに変える。分かち合いを、遠い誰かの善行ではなく、日常の所作に落とし込む——そこにこの仕組みの静かな力がある。
こども食堂・困窮者支援との連携
フードバンクが届けた食品は、しばしばもう一つの現場を経て人に届く。こども食堂である。子どもや地域の人が安価または無料で食事をとれるこの場は、近年めざましく増えた。認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえの調査によれば、こども食堂は2023年度に9,132か所、2024年度には10,867か所となり、日本で初めて1万か所を超えた。これは全国の公立中学校・義務教育学校の合計数を上回る規模である。
こうした現場に、フードバンクは食材を供給する。生活困窮者自立支援の窓口や社会福祉協議会とも連携し、相談に来た人へその場で食料を手渡す「フードパントリー」も各地に広がっている。フードバンクは食品を配って終わりではなく、人と支援制度をつなぐ入り口にもなる。食べ物を受け取りに来た人が、住まいや就労、家計の相談へとつながっていく。食は、支援の扉を開く鍵でもあるのだ。
企業はなぜ寄贈するのか——廃棄との比較と税制
企業が食品を寄贈するかどうかを左右する、実務上の大きな論点が税制である。かつては「捨てれば廃棄費用として損金にできるが、寄贈すると寄附金扱いで損金算入に限度がある」という不均衡が、寄贈をためらわせる一因だった。だが国税庁は、フードバンクへの食品提供が実質的に商品廃棄の一環として行われるものであれば、その提供に要する費用は寄附金ではなく、提供時の損金の額に全額算入して差し支えないとの見解を示している(国税庁「フードバンクへ食品を提供した場合の取扱い」)。
ただし、そのためには条件がある。社内ルールに従って廃棄予定の食品をフードバンクが回収するものであること、企業とフードバンクとの合意書で転売禁止や記録・報告のルールを定め、食品が目的外に使われないことが担保されていること、提供した食品の使途を企業が確認できること——こうした要件を満たす必要がある。これにより、「捨てる」より「贈る」ほうが、税務上も無理のない選択になった。廃棄コストが浮き、社会に価値が残り、環境負荷も減る。三方にとって理にかなう。企業の広告宣伝として食品を提供する場合には、その費用を広告宣伝費として損金算入できる整理もある。
法的課題——免責と、寄附のしやすさ
もう一つ、寄贈をためらわせてきたのが法的責任への不安である。提供した食品で万一、異物混入・食中毒・アレルギー反応などの事故が起きた場合、提供企業や仲介団体が民法上の責任や製造物責任を問われうる。米国などには善意の食品寄附者を広く免責する法律があり、日本でも同様の立法が長く議論されてきた。
しかし2023年、政府の検討では、事業者を一律に免責する法的措置は見送られた。管理のずさんな食品まで安易に寄付され、かえって安全性が損なわれる「モラルハザード」への懸念があったためである(日本経済新聞、2023年12月報道)。その代わりに整備されたのが、ルールと信頼の枠組みだ。食品寄附等に関する官民協議会は、2024年12月25日に「食品寄附ガイドライン(第一版)」を公表。寄附者・仲介者・フードバンク・こども食堂それぞれについて、安全管理、トレーサビリティ、事故時の対応、情報管理などの留意点を定めた。免責という「盾」ではなく、責任の所在を明確にした「作法」によって、寄附の信頼性を高めようという方向である。免責の議論は今後も続くだろうが、当面は合意書とガイドラインの遵守が、寄贈を安心して行うための現実的な基盤となっている。
富める者、企業の関与——分かち合いの器として
フードバンクは、余った食品を右から左へ動かすだけの物流ではない。それは「もったいない」という私たちの内なる感覚を、社会的な分かち合いへと変換する器である。企業にとっては、廃棄していた在庫を人の役に立て、環境負荷を減らし、従業員が誇れる取り組みとなる。富裕層や篤志家にとっては、資金の寄付だけでなく、フードドライブへの参加、フードバンクの運営基盤(倉庫・冷蔵設備・配送)への支援、あるいは中間支援組織への寄付という形で、食のセーフティネットを底から支える関わり方がある。
食は、最も基本的で、最も分かりやすい支援である。誰かが捨てるはずだったものが、誰かの今日の食卓になる。その一連の流れを、善意の偶然ではなく、税制・法・ガイドライン・ネットワークに支えられた持続する仕組みとして設計すること。フードバンクが示しているのは、「もったいない」を嘆く感情を、静かに、しかし確かに、分かち合いへと変えていく道筋なのである。
出典・参照
- 農林水産省・環境省「我が国の食品ロスの発生量の推計値(令和5年度)」約464万トン(家庭系約233万トン/事業系約231万トン、一人あたり約37キロ)。
- 農林水産省「事業系食品ロス量(2023年推計値)」2000年度比約58%削減(2025年6月公表)。
- セカンドハーベスト・ジャパン「団体の歴史」2002年3月設立・同年7月NPO法人認証、日本初のフードバンク。
- 農林水産省「フードバンク活動団体一覧」掲載団体数:2024年5月時点272団体、2025年3月末時点287団体。
- 認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ「こども食堂全国箇所数調査」2023年度9,132か所、2024年度10,867か所(確定値)。
- 国税庁「フードバンクへ食品を提供した場合の取扱い」——実質的な商品廃棄であれば全額損金算入が可能。
- 食品寄附等に関する官民協議会「食品寄附ガイドライン(第一版)」2024年12月25日公表。
- 日本経済新聞「食品寄付促進へ指針、事業者免責は見送り」2023年12月。
- 消費者庁・国民生活センター 食品ロス削減関係参考資料(フードバンクの支援要請動向)。
本稿は公表資料に基づく解説であり、税務・法務の個別判断は所轄税務署・専門家にご確認ください。数値は各公表時点のもので、推計値は改定されることがあります。