「この寄付は、本当に効いたのか」。素朴だが、答えるのはひどく難しい問いだ。支援の後で子どもが健やかになったとして、それは支援のおかげなのか、それとも別の要因なのか。医療が新薬を治験で確かめるように、貧困対策もまた実験で確かめられないか——この発想が、過去四半世紀の開発経済学を静かに、しかし根本から塗り替えた。ランダム化比較試験(RCT)である。そしてそれは、私たちが寄付先をどう選ぶかという問いにも、確かな影を落としている。
- 受賞
- 2019年、アビジット・バナジー、エステル・デュフロ、マイケル・クレマーが「世界の貧困を軽減する実験的アプローチ」でノーベル経済学賞を受賞
- 手法
- 対象をくじ引きで介入群と比較群に分け、政策や支援が「本当に効いたか」を因果として測るRCT(ランダム化比較試験)
- 拠点
- 2003年、MITにJ-PAL(貧困アクションラボ)を設立。大きな問いを実験可能な小さな問いへと分解する
- 接続
- GiveWellや効果的利他主義(EA)が、RCTの知見を「費用対効果の高い寄付先」の選定に活用
- 限界
- ある土地で効いたものが別の土地でも効くとは限らない(外的妥当性)。倫理面の議論も残る
「くじ引き」が生む、比べられる二つの世界
RCTの発想は、驚くほど単純だ。ある支援策の効果を知りたければ、対象となる人々や学校や村を、くじ引き(無作為)で二つのグループに分ける。一方には介入を施し(介入群)、もう一方には施さない(比較群)。無作為に分けたのだから、両グループは平均的にそっくりなはずだ。ならば後で現れた差は、他の何かではなく、その介入がもたらしたものだと言える。
これは疫学や医薬品開発では標準的な手法だが、貧困という複雑な社会問題に持ち込むのは容易ではなかった。教育、健康、金融——原因も結果も絡み合う。バナジー、デュフロ、クレマーらの功績は、「なぜ人は貧しいのか」という巨大な問いを、「どうすれば子どもの学校の成績が上がるか」「どうすれば予防接種を受けてもらえるか」といった、実験で答えられる小さく精密な問いへと分解してみせたことにある。2019年のノーベル賞は、まさにこの「実験的アプローチ」に贈られた。
J-PAL——実験を制度にした場所
この方法論を運動へと育てた拠点が、J-PAL(Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab、貧困アクションラボ)である。2003年、バナジー、デュフロ、そしてセンディル・ムッライナタンの三名がMITに設立した。当初はThe Poverty Action Labと呼ばれたが、2005年にサウジアラビアの実業家モハメド・ジャミールによる寄付を受け、現在の名を冠するようになる。
J-PALの狙いは明快だった。新薬や新ワクチンを治験で検証するのと同じ厳密さを、開発援助の現場に持ち込むこと。設立から二十年あまりで、その手法は開発経済学の主流となった。共同設立者のデュフロは2019年の受賞時、46歳。ノーベル経済学賞の史上最年少であり、2009年のエリノア・オストロムに次ぐ二人目の女性受賞者でもあった。実験室の外で、泥にまみれた現場のデータから経済学を組み立てるという姿勢が、学問の作法そのものを変えていった。
ケニアの駆虫薬——一つの実験が動かしたもの
RCTの力を象徴する事例が、ケニアの駆虫プロジェクトだ。1990年代末、マイケル・クレマーとエドワード・ミゲルは、ケニア西部ブシアの75の小学校を対象に実験を行った。土壌経由で感染する寄生虫は、子どもの健康を蝕み、学校を休ませる。そこで学校単位で時期をずらして駆虫薬を配り、その効果を比較したのである。
結果は鮮烈だった。一人あたり年間0.6ドル未満という安さで、深刻な寄生虫感染は61%減り、欠席は25%減った。派手な施設も高価な機材もいらない。ただ安価な薬を配るだけで、子どもが学校に戻ってくる。この知見は2007年に「Deworm the World(世界を虫下しで)」という取り組みへと発展し、後にチャリティ評価機関GiveWellが長年にわたり「最も費用対効果の高い寄付先」の一つとして推奨するに至った。一つの実験が、数千万人規模の政策と寄付の流れを動かした稀有な例である。
インドの予防接種——「一袋の豆」が教えたこと
もう一つ、示唆に富む実験がある。バナジーとデュフロは2004年から2007年、インド・ウダイプル県の農村で、現地NGOのセヴァ・マンディルと組み、予防接種率を上げる方法を試した。1歳から3歳の1,640人の子どもが対象だ。60の村で毎月の接種キャンプを開き、うち半数では、子どもを連れてくるたびに家族へ豆(レンズ豆)一袋を、全接種を終えれば皿一式を渡した。
接種を「無料で信頼できる形」で提供するだけでも改善は見られた。だが、そこにささやかな謝礼を添えると、完全接種の割合はさらに大きく跳ね上がった。しかも、施設がより使い込まれるぶん、一人あたりの費用はむしろ下がった。人々が接種を避けるのは無知や頑迷さのせいだと決めつける前に、「あと一押し」の小さな仕掛けが効くことがある——バナジーとデュフロは2011年の著書『貧乏人の経済学(Poor Economics)』で、こうした無数の実験から、貧困の現実を通念とは異なる解像度で描き出した。
GiveWell、効果的利他主義との合流
RCTが生んだ「何が、どれだけ効くか」という測定可能な知見は、寄付の世界と自然に結びついた。GiveWellは、厳密なエビデンスに裏打ちされた支援を費用対効果で比較し、少数の寄付先を推奨する。前述の駆虫はその代表格だ。そして「証拠と理性で最大の善を為す」ことを掲げる効果的利他主義(Effective Altruism)は、この実証主義的な精神を思想として引き受けた。
ここには一つの静かな転換がある。従来、寄付先は理念や物語で選ばれてきた。だがRCTの登場以降、「あなたの善意は、実際に何を、どれだけ変えたのか」を問い、答えようとする文化が育った。感動的な広告ではなく、比較群との差分。この乾いた問いこそが、エビデンスに基づく寄付(evidence-based giving)の核心である。
RCTの限界——「効いた」は「どこでも効く」ではない
だがRCTは万能薬ではない。最も重い論点が外的妥当性だ。ケニアのある地域で効いた駆虫が、寄生虫の分布も医療体制も異なる別の土地で同じように効くとは限らない。ある文脈での「効いた」を、そのまま普遍の真理として持ち出すことはできない。
経済学者アンガス・ディートンと哲学者ナンシー・カートライトは、共著論文「ランダム化比較試験の理解と誤解」(2018年)で、RCTに特権的な地位を与えることを戒めた。RCTが答えるのは「何が効いたか」であって、必ずしも「なぜ効くのか」ではない。理論やメカニズムの理解と組み合わせて初めて、知見は他の場所へ運べる、と彼らは説く。加えて、人を介入群と比較群に振り分ける行為には、支援を「受けられない側」を作るという倫理的な緊張が常につきまとう。測れるものだけが重視され、測りにくい価値——尊厳や関係や長い時間をかけて実るもの——が後景に退く危うさも指摘されてきた。
日本の寄付者への示唆
この四半世紀の革命は、日本の私たちに何を差し出すのか。海外のRCTの数値を、そのまま日本に当てはめることはできない。前提も制度も違う。だが持ち帰れるのは、具体的な数字ではなく、問いの立て方のほうだ。
この団体は、自らの活動が「効いたかどうか」を測ろうとしているか。成果を、都合のよい事例だけでなく、比較や検証を通じて語っているか。そして——ここが肝心だが——数字で測れないからといって価値がないわけではない、と同時に弁えているか。エビデンスへの敬意と、それだけに還元しない慎み。その両方を携えて寄付先を眺めるとき、私たちの善意は、感情のままでも、冷たい計算のままでもない、一段深いところへ届く。寄付先を成果とともに見比べる入口としては、当サイトの団体データベースや、より深く設計を相談したい方には個別の支援も役立つはずだ。効くかどうかを問い続ける姿勢こそ、RCT革命が寄付に残した最大の贈り物である。
出典・参照
- The Royal Swedish Academy of Sciences/NobelPrize.org「The Prize in Economic Sciences 2019」(Banerjee, Duflo, Kremer 受賞理由・2019年)
- J-PAL(Abdul Latif Jameel Poverty Action Lab)「About Us」(2003年MIT設立、2005年改称、共同設立者の情報)
- Miguel & Kremer によるケニア・ブシアの駆虫研究(1998–2001年、75校、感染61%減・欠席25%減)/J-PAL「Deworming to increase school attendance」ほか
- Banerjee, Duflo ほか「Improving immunisation coverage in rural India」(BMJ, 2010)/ウダイプル県セヴァ・マンディルとの共同実験(2004–2007年、対象1,640人)
- Abhijit V. Banerjee & Esther Duflo『Poor Economics』(2011)
- Angus Deaton & Nancy Cartwright「Understanding and misunderstanding randomized controlled trials」(Social Science & Medicine, 2018/NBER Working Paper 22595, 2016)
- GiveWell「Deworming」関連の費用対効果評価および推奨(Deworm the World Initiative/Evidence Action)
本記事は思想・研究の紹介と一般的な情報提供を目的とし、特定の団体・手法・寄付行為を推奨・勧誘するものではない。RCTの効果推計には多くの仮定・前提があり、対象地域や時期によって結果は異なる。海外の研究知見は日本の制度・データと前提が異なるため、そのまま適用できない。数値・年次は執筆時点で確認した公開情報に基づくが、最新の値は各一次資料でご確認いただきたい。賛否のある主題であり、公平な記述を心がけたが、評価は読者自身の判断に委ねられる。