障害のある人の「働く」は、法定雇用率という制度の言葉で語られることが多い。企業が何%を雇い、達成率が何%であったか。だがその数字の先には、雇用率制度が届かない広大な領域——月額2万円台の工賃で働く人々の日常がある。制度が面としての平等を支えるなら、その先の突破口をつくるのは誰か。本稿では厚生労働省と内閣府の一次統計を手がかりに、法定雇用率の到達点と限界を確かめたうえで、民間フィランソロピーが果たしうる役割を考えたい。
- 障害者の総数
- 身体・知的・精神の単純合計で約1,160万人、国民のおよそ9.2%にあたる(内閣府「令和6年版障害者白書」)。
- 法定雇用率と実雇用率
- 民間企業の法定雇用率は2.5%(2024年4月〜)。令和6年の実雇用率は2.41%で過去最高だが、達成企業は46.0%にとどまる(厚生労働省)。
- 今後の引き上げ
- 2026年7月に法定雇用率は2.7%へ、対象事業主は常用労働者40.0人以上へ拡大される(厚生労働省)。
- 福祉的就労の工賃
- 就労継続支援B型の平均工賃は月額24,141円、A型の平均賃金は月額91,451円(令和6年度、厚生労働省)。
- 民間助成の焦点
- 日本財団やヤマト福祉財団などが、工賃・給料の増額という経済的自立の核心に助成を集中させている。
1,160万人という規模
内閣府「令和6年版障害者白書」によれば、身体障害者は436.0万人、知的障害者は109.4万人、精神障害者は614.8万人と推計される。複数の障害を併せ持つ人がいるため厳密な合算はできないが、単純合計でおよそ1,160万人、国民の約9.2%が何らかの障害を有する計算になる。10人に1人に近いこの規模は、障害者支援が一部の特別な領域ではなく、社会の設計そのものに関わる主題であることを示している。とりわけ精神障害の推計値の大きさは、「働く」をめぐる支援の重心が近年どこへ移りつつあるかを予感させる数字である。
法定雇用率の到達点
民間企業に課される法定雇用率は2024年4月に2.5%へ引き上げられた。厚生労働省「令和6年 障害者雇用状況の集計結果」によれば、同年6月1日時点で民間企業に雇用される障害者は67万7,461.5人と前年比5.5%増え、実雇用率は2.41%と過去最高を更新した。一方で、法定雇用率を達成した企業の割合は46.0%と前年から4.1ポイント低下している。雇用者数は着実に伸びているのに達成企業は半数を切る——この一見矛盾した構図は、率の引き上げに現場の受け入れ体制が追いついていないことを物語る。2026年7月には2.7%へのさらなる引き上げと、対象事業主の常用労働者40.0人以上への拡大が予定されており、制度と実態の距離は当面広がる局面にある。
納付金という設計思想
この制度を経済的に支えるのが障害者雇用納付金である。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構によれば、常用労働者100人超の企業が法定雇用率に達しない場合、不足1人につき月額5万円を納付し、逆に超過して雇用する企業には1人につき月額2万9,000円の調整金が支給される。納付金は罰金ではなく、雇用に伴う経済的負担を企業間で調整する仕組みである。だがこの設計には自ずと限界がある。制度が数えるのは「人数」であって、仕事の内容や賃金、職場への定着といった雇用の質は、この勘定には現れないのである。
数字の内側——精神障害者雇用の伸長
令和6年の雇用障害者の内訳を見ると、身体障害者36万8,949.0人(前年比2.4%増)、知的障害者15万7,795.5人(同4.0%増)に対し、精神障害者は15万717.0人と同15.7%増で突出した伸びを示す(厚生労働省)。障害者雇用の量的拡大を牽引しているのは、いまや精神障害者の雇用である。しかし精神障害は症状の波があり、就職後の定着に手厚い伴走を要することが多い。採用の瞬間を数える統計は、その後の「働き続けられるか」を映さない。定着支援やジョブコーチといった息の長い支援は制度上の報酬だけでは賄いきれず、ここに民間資金が意味を持つ最初の接点がある。
福祉的就労の経済学
雇用率制度の外側には、一般企業での就労が困難な人が働く就労継続支援A型・B型という福祉的就労の世界が広がる。B型は雇用契約を結ばない働き方であり、最低賃金の適用を受けない。厚生労働省の集計によれば、令和6年度のB型の平均工賃は月額24,141円、雇用契約を結ぶA型でも平均賃金は月額91,451円である(令和5年度から算定方法が変更されており、単純な経年比較には留意を要する)。月2万4千円という水準は、障害基礎年金と合わせても経済的自立には遠い。工賃が低いのは事業所の怠慢というより、下請け的な受注構造や販路の乏しさ、支援と経営を兼ねる人材の不足といった構造要因による面が大きい。法定雇用率がどれほど引き上げられても、この領域には直接届かない。制度の光が薄いこの場所こそ、民間フィランソロピーの介入点である。
民間資金は何をしてきたか
実際、障害者就労の分野では民間助成が明確な戦略を持って動いてきた。日本財団は「はたらく障害者サポートプロジェクト」として全国で約30のモデル事業を支援し、福祉制度の枠内にとどまらない事業構築によって工賃・給料の大幅な引き上げを目指すとともに、実践者が集う「就労支援フォーラムNIPPON」を開催してきた。ヤマト福祉財団は「障がい者給料増額支援助成金」として1件50万円から500万円を年間30件程度助成し、給料増額のモデルとなる事業に的を絞る。両者に共通するのは、施設運営の補填ではなく「働く人の手取りを増やす事業モデル」への集中投資である。行政制度が全国一律の面を保障するのに対し、突破口となる事例は常に点から生まれる。その点をつくる資金こそ、民間にしか出せないものである。
寄付を考える人への三つの問い
では、個人の資産をこの分野に投じようとするとき、何を基準に考えればよいか。第一に、支援の対象は雇用率制度の内側か外側か。企業就労への移行と定着を支えるのか、B型工賃の引き上げに挑むのかで、資金の役割は異なる。第二に、資金の使途は当座の運営費か、事業モデルの転換か。前者は緊急性に、後者は構造の変化に応える。第三に、成果を何で測るか。工賃・賃金の額、就職者数、定着率——測る指標を寄付の前に確かめておくことが、支援の質を規定する。まとまった資産による助成や遺贈寄付は、単年度予算に縛られる行政にはできない長期の伴走を可能にする。失敗の許されない公金と異なり、民間の資金は挑戦的な事業モデルに賭けることができ、その成果が後に制度へ吸収されていくことも少なくない。法定雇用率という制度の先に横たわる距離を埋めるのは、こうした静かで持続的な民間の意思である。
- 財団・助成団体データベース——障害者支援・就労分野を含む国内の助成財団を分野別に検索できる。
- サービス一覧——寄付先の選定や遺贈の設計など、フィランソロピー実務の支援メニューを紹介している。
- 動物福祉への寄付——殺処分ゼロと、その先の設計——関連論考。
- 芸術文化への寄付——アーツカウンシルと「アームズ・レングス」の思想——関連論考。
- 遺贈寄付の現在地——人生の最後に、意志を手渡す——関連論考。
出典・参照
- 厚生労働省「令和6年 障害者雇用状況の集計結果」(2024年12月公表、mhlw.go.jp)
- 内閣府「令和6年版障害者白書 参考資料 障害者の状況」(2024年、cao.go.jp)
- 厚生労働省「令和6年度工賃(賃金)の実績について」(令和6年度実績、mhlw.go.jp)
- 厚生労働省「障害者の法定雇用率引上げと支援策の強化について」(2023年、mhlw.go.jp)
- 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「障害者雇用納付金制度の概要」(jeed.go.jp)
- 日本財団「はたらく障害者サポートプロジェクト」(hataraku-nippon.jp、nippon-foundation.or.jp)
- 公益財団法人ヤマト福祉財団「障がい者福祉助成事業」(yamato-fukushi.jp)
本稿は公表資料に基づく解説であり、特定の団体への寄付を勧誘し、またはその成果を保証するものではない。統計数値は各資料の公表時点のものであり、算定方法の変更等により将来修正される場合がある。最新の情報は各出典を直接確認されたい。